朝日中高生新聞10月12日
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192014年(平成26年)10月12日(第三種郵便物認可)読書小説『赤の他人でいいじゃない?』、ブック欄へのご意見、ご感想をお寄せください。あて先〒104・8433朝日中高生新聞「読書」係メールchuko@asagaku.co.jpファクス03・3545・0727やまもとひろし(山本弘/著、創元SF文庫、929円)『MM9』エムエムナイン『MM9』タイトルの『MM9』とは、「モンスター・マグニチュード9」の略。マグニチュードは地震の大きさの指標として、聞いたことがある人が多いだろう。しかしここでは、モンスター、つまり怪獣がもたらす被害の指標として使われている。舞台となるのは、我々の世界ととても似ているが、少しだけ違うパラレルワールドだ。その世界には巨大な怪獣が普通に存在していて、気象庁の中に特異生物対策部(気特対)を設けて対策を行っている。年ごとに襲「怪獣襲来=天災」というリアル何もないところに何かをつくり上げるということは、人類の歴史の中で数多く行われてきました。夜空にあまたある星と星とを線でつなぎ、そこに神々の物語をつむいだ星座もその一つといえるでしょう。北半球の星座は約5千年前にメソポタミアで生まれ、ギリシャに伝えられた時に神話と結びつき、今のような形になったと言われています。『星座の見つけ方と神話がわかる星空図ながたみえやいたやす鑑』(永田美絵/著、八板康まろ麿/写真、成美堂出版、1080円)を読むとギリシャの人々が空に描いた作品と、それにまつわる神話や、星の見つけ方を知ることができます。遠い昔に彼らが見上げていたものを、現在のこの日本の空から探してみてはいかがでしょうか。暗闇に何かがあると信じめいおう続けた人もいます。『冥王星を殺したのは私です』(マイク・ブラウン/著、飛鳥新社、1728円)は、冥王星の外側にはもう「惑星」は存在しないという常識を打ち破ろうとした天文学者の記録です。探索の失敗や思わぬ妨害を乗り越え、彼はついに自分の「惑星」を発見。しかし、それが「何をもって惑星とするか」という議論を呼びます。長い長い時間をかけて、彼が発見した新たな「惑星」とともに、「惑星」であったはずの冥王星は、準惑星に降格してしまいました。けれどそれは、科学者として彼が望んだ納得のいく結果でした。無から有を生み、無に有を見つける。それは想像力のたまものです。みなさんの中で眠っている想像力は、どんな形となって暗闇を照らすのでしょうか。とだゆうすけ江戸川区立中央図書館司書戸田祐輔夜空見上げて、思う来する怪獣を、まるで台風のように「1号」「2号」と命名する。ここでは怪獣の襲来が、天災――もっといえば気象災害として捉えられている。ぶっ飛んだ設定に思えるかもしれないが、よくよく考えてみれば、古来より天変地異による被害は、それこそ神様の怒りに触れた天災と認識されていた。それが神話の中に出てくるヤマタノオロチのような「怪獣」だろうと変わりなかっただろう。ひるがえって現在、もしもいきなり怪獣が日本にやってきたら、たぶん自衛隊が「災害派遣」される。突飛に見えて、実は現実の世界と重なり合っている。なお、作中では、なぜこんな世界があるのか「多重人間原理」という理屈を用意している。著者の創作だが、その元になった「人間原理」は、科学者が真面目に議論しているので、興味があれば調べてみるといい。世界の成り立ちを説明する大風呂敷を広げたら、あとは細部を積み重ねて物語に仕立て上げるのがSF作家の腕の見せどころ。本書は、そこが非常によくできている。まったく違和感なく、自分たちの社会と「怪獣がいる世界」がつながっている。個人的には第4話「密着!気特対24時」の植物怪獣が好み。そして、最後まで読むと、もう一段踏み込んで、「怪獣がいる世界」と、「怪獣のいない我々の世界」の関係が示される。それも、やはり大風呂敷で良い。四の五のいわずに、楽しめ!という作品です。逃げられない!たかはし「高橋、この道を左に曲がればいいのか?」いまざとさとこわれ今里先生にそう聞かれて、聡子はハッと我に返った。先生の運転で、車は聡子の家に向かっている。「もう一本先です」見慣れているはずの近所の風景が、初めて訪れる場所みたいに、よそよそしく見える。さっきまで校長室にいた。校長先生も教頭先生も、どう声をかけていいかわからないみたいで、押し黙っていた。「わたしは、本当のことが知りたいんです」と聡子は頼んで、棚の上のテレビをつけてもらった。ワイドショーのなかで、速報が流れ出す。ぬのえ布江駅で男が無差別に八人の男女を刺して逃走、一人が心肺停止状態、他の七人が重軽傷で、現在も犯人はつかまっていない――。そのとき、校長室の電話が鳴った。校長先生が出ると、それは警察からだった。ふじがさきまだ報道されていないけれど、隣の藤ケ崎たか市で犯人がつかまったとのこと。名前は「高はしひろし橋浩」だということ。何がなんだか状況をつかめなくて、涙なんて一滴も出てこなかった。涙が出るときって、自分がどうして悲しいのか、ちゃんと理由がわかっているからなんだな。聡子はそんなことをぼんやり思った。長い長い夢を見ているんだ、とまだ信じたい気持ちがあって、スカートの上から、何度もひざの上あたりをつねっている。夢にしてはあまりに痛すぎた。ドライブに連れていってくれたお父さん、バーベキューをやったときのお父さん、笑顔ばっかりが頭に浮かんでくる。「おう、よかった」先生がそうつぶやいて、車を聡子の家の前に止めた。「何がよかったんですか」思わずムッとして聞いてしまう。いいことなんて一つもないではないか。今も、もしかしてこれから将来も、ずっとずっと。「ああ、ごめんな。マスコミがまだ来てなくてよかった、っていう意味だ」「マスコミ?」「そうだ。きっと自宅は大勢の記者たちが取材に来る。だから、早く荷物をまとめて、どこかに一時隠れたほうがいい」「え?」「先生、いったん学校に戻るけど、いつでもここに来られるように待機してるから。連絡してくれたら、車で脱出、協力するから」そう言いながら、携帯電話の番号が書かれた紙片を、先生は手渡してくる。ありがとうございます、と言うべきなのだろうけれど、言えなかった。マスコミだの脱出だの隠れるだの、自分に関係することとは思えない。どうしても。「お母さんに……聞いてみます」そう声に出して、聡子はほうっと息を吐いた。そうだった。ひとりぼっちじゃない。お母さんがいるんだ。それに、すべて間違いという可能性だってある。高橋浩っていう名前の人はきっと全国にたくさんいて、同姓同名かもしれないし。車を降りて、聡子は先生におじぎをして、門を入った。玄関の扉のドアノブをひねってみると、鍵はかかっていなかった。「ただいま」いつも通りの言葉はふさわしくない気がしたけれど、聡子はあえて声を張り上げた。みえこ奥の部屋から母・美江子が顔を出した。大きくて丸い目は赤くなっている。「よかった。また刑事さんかと思った」「ねえ、お母さん。本当に……」その先を言う勇気が、聡子にはなかった。「そんなはずないよ。絶対ドッキリだから。誰かにからかわれているんだよね、聡子」美江子は、首を左右に何度も振る。「ドッキリだってわたしも信じたいけど。でも刑事さんが来たなら……」「ねえ、どうしたらいいと思う?」日頃から美江子は「物事を決めるのが苦手」と言っていて、聡子に相談してくることが多い。「あのね、先生が逃げろって」「逃げろって言われても、ねえ」いす美江子は食堂の椅子に座った。背中が丸まっている。聡子は向かいの椅子に座った。時計の針がどんどん進んでいくけれど、のどもかわかないし、おなかもすかない。日が暮れたはずなのに、庭の向こうが突然明るくなった。ライトがカーテン越しに部屋を照らしている。けたたましくピンポンピンポンと、インターホンが鳴り出した。マスコミが、大勢の記者たちが本当に来ちゃったんだ――。そう思いながらも、聡子は立ち上がることすらできないでいた。たかはしさとバレーボール部に所属する中2の高橋聡こ子。放課後、部活動中に校内放送が流れ、生徒は全員教室に戻るように指示されたが、なぜか聡子だけは先生に呼び止められた。そして、無差別に人が刺される事件が起き、その犯人が聡子の父親かもしれないと聞かされ……。前回までのあらすじ評者作家川端裕人かわばた・ひろと1964年生まれ。著書に『リョウ&ナオ』(光村図書出版)『川の名前』(ハヤカワ文庫)『銀河のワールドカップ』(アニメ「銀河へキックオフ」の原作、集英社文庫)など。

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