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2016年1月17日付
昨秋、世界のスポーツ界を驚かせる報告書が公表された。ロシアが国ぐるみで自国選手にドーピングをさせ、違反が発覚しないように隠ぺいしていたという内容だ。本来なら取り締まる側までが薬物使用に協力していたところに、今までの事例とは違う深刻さがある。
事の発端は、2014年末にドイツの公共放送ARDが放映したロシアのドーピングの実態を暴くドキュメンタリー番組だ。ロシアの陸上選手がドーピング検査担当者にお金を渡して結果の改ざんを頼んだり、逆に検査機関の所長が検査結果を「シロ」にする代わりにお金を要求するなど、腐敗の構図を描いた。
あまりの衝撃的な内容に、反ドーピング活動の中心組織である世界反ドーピング機関(WADA)は報道が事実かどうかを確認する独立委員会を発足、調査を進めた。その結果が335ページ に及ぶ報告書だった。
記された内容は、番組以上にショッキングだった。外国から抜き打ち検査に訪れた検査官を警察官が監視、妨害したり、抜き打ちのはずの検査の日時をロシア反ドーピング機関(RUSADA)が選手側にこっそり教えたり、保存しておくべき尿や血液の検体を破損させるのにロシア司法当局が関わっていたり。
報告書は、ロシア陸連自体を資格停止にするべきだと結論づけ、国際陸連(IAAF)はその通りに一時的に資格を停止した。今のままでは、今年のリオデジャネイロ五輪にロシアの陸上選手は出場できない。
禁止薬物を使えば、検査で見つかると思われがちだが、現実には見つからないケースが多い。困るのは、もともと体内でもつくられるホルモンを人工的につくって投与する方法だ。「ホルモンドーピング」ともいわれ、体内で分泌したものか、外から注射したものか見分けがつきにくい。
筋肉を増やすヒト成長ホルモンや体内に酸素を運ぶ赤血球を増やして持久力を高めるエリスロポエチンなどのホルモンは、昔は人工的につくれなかったが、遺伝子工学の発達で大量生産できるようになった。
対策として最近、重要視されているのは「生体パスポート」と呼ばれる検査法だ。選手の尿や血液の成分データを継続的に記録しておき、急激な不自然な変化があると「薬を使わない限り、こんな変化はあり得ない」と違反を認定する。
こうした対策や努力も、検査結果の改ざんやもみ消しがあれば、何の役にもたたない。クリーンさは選手に対してだけでなく取り締まる側にも求められる。
WADAの調査報告はまだ終わっていない。ロシアだけでなくケニアなどにも同様な疑惑があり、今年も大きな動きがありそうだ。
報告書で永久資格停止を勧告されたロンドン五輪女子800メートル金メダルのマリア・サビノワ(右)と銅メダルのエカテリーナ・ポイストゴワどれも(C)朝日新聞社
解説者
酒瀬川亮介
朝日新聞西部本社報道センター・スポーツ担当部長
記事の一部は朝日新聞社の提供です。