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2018年9月2日付
東京医科大学(東京都新宿区)が、入学試験で女子受験生らの得点を不正に操作していた問題が8月、発覚しました。大学入試での女子受験生に対する差別に対し、受験者らからは憤りの声が上がります。医学部受験の実態と、背景にある医師の労働環境について考えます。(近藤理恵)
公正であるはずの大学の入学試験。しかし、それを揺るがす事態が起きています。
文部科学省の前局長が東京医科大学に息子を不正入学させた疑惑をきっかけに、東京地方検察庁特捜部が同大を捜査。その結果、女子受験生らを一律に減点する「不正入試」の実態が明らかになりました。
先月発表された同大の内部調査委員会の報告書によると、遅くとも2006年度の一般入試から、大学のトップが主導して、女子や4浪以上の男子に対し不利になる得点操作をしていました。内部調査委員会は、不正な得点操作を「女性差別以外の何ものでもない」と強く批判しました。
受験生を支援する弁護団も結成されました。8月25日には無料の電話相談を受け付け、55件の相談がありました。メールでの相談も多数寄せられているそうです。共同代表の弁護士・角田由紀子さんは「今後、相談者の依頼に応じて大学側に得点開示や受験料の返還を求めていく予定」と話します。
医学部受験を考えている高校生からも心配の声が上がります。都内にある国立の高校に通う1年生の女子生徒は「ニュースを聞いてショックを受けた。入試で差別するのではなく、結婚したり、子どもを産んだりしても続けられる制度を整えていくべきことだと思う」。
千葉県の私立高校1年の女子生徒も「初めて身近に、かつ公に女性差別を感じて悔しい」と話します。「2年後の試験も不安。でも、ここで受験をあきらめてしまうと相手の思うつぼなので、がんばりたい」
医学部予備校「ACEAcademy」(東京都千代田区)の代表で、医師の高梨裕介さんも「入試で、このような得点調整は絶対にあってはならない」と厳しく批判します。また、受験生を指導する立場から「いくつかの大学で女子が受かりづらいという印象はあった」と明かします。
「例えばある私立の医大では、1次試験では男女の合格率にそれほど差はありませんが、面接と小論文を実施する2次試験では2倍以上の差があります。加えて、2浪以上の受験者でみると、この2年間で男性は現役や1浪と同程度の割合で入学していますが、女性の入学者はゼロ。これだけ性別で入学者数に差があると、公平な試験をしていると言えない可能性もあるのでは」
医学部では、医師としての資質をはかるため、2次試験があります。1次試験の学科と比べて、採点の基準が不明確になりうる2次試験が「悪用された」との見方もできると言います。
東京医科大の正門前で抗議の声を上げる人たち=8月3日、東京都新宿区
(上)会見を終え、頭を下げる東京医科大の常務理事(左)と副学長(学長職務代理)=8月7日
(下)入試をめぐる不正が明らかになった東京医科大=8月2日、どちらも東京都新宿区
どちらも(C)朝日新聞社
大学ジャーナリストの石渡嶺司さんも「『女性は結婚、出産で仕事を辞める』という、前近代的な考え方による差別。不正入試を行った『詐欺』にもあたる」と話します。
医学部は、系列の大学病院の「職業訓練の場」として学生を育成する意味合いが強いため、女性や多浪の受験生より、長く働き続ける現役の男子学生を入学させたい意向が働くと指摘します。
公正な入学試験にするために必要なことは「細かいデータの公表」と高梨さんと石渡さんは口をそろえます。
医学部では、男女別の志願者数や合格率などが非公開のところもあります。こうしたデータに加え、2次試験の採点基準と男女別の得点表を開示することで、公正な試験か判断しやすくなるといいます。文部科学省も、国公私立の計81大学で医学部入試の公平性の調査を始めました。9月以降に公表する予定です。
「文科省には聞き取り調査もしっかり行ってほしい。その上で、これまであいまいだったデータ公表の指標も提示しなければ状況は改善されない」と石渡さんは話します。
東京医科大入試での女性差別の背景には、医師の長時間労働が大きく関係しています。東京医科大の関係者も、内部調査で「女性は結婚や出産で長時間勤務ができない」「年齢が高いと医師になった後、大学病院に残らず独立する」などの理由を挙げたと言います。
高梨さんも「医師の労働環境を改善しなければ、根本的な解決にならない」と考えています。「長時間労働は、女性に限らず、男性もつらい。それを男性を多くして解決しようとするのは、まさに焼け石に水です」
そんな中、子育て中の人でも働きやすいよう労働環境を整えている病院があります。
年間3千件の分娩を扱う日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)の産婦人科もその一つ。26人の常勤医師のうち、22人が女性です。このうち7人が子育て中のお母さんでもあります。
朝から夕方までの日勤と、夕方から翌朝までの夜勤の2交代のシフト制をとっています。夜勤は月3回から6回ほどありますが、誰もが夜勤をこなします。一人の医師が患者の診療方針全般に対して責任を持つ「主治医制」ではなく、チームで患者を診る仕組みです。
産婦人科部長の木戸道子さんによると、労働基準監督署の指導が入ったことをきっかけに、2009年に労働体系を変えました。その前は、30時間以上働き続けることが当たり前だったそうです。
過酷な労働環境は、性別を問わず、体力的にも精神的にも厳しいものでした。自身も3人の子を持つ木戸さん。子どもが0歳の時も、男性医師と同じように当直勤務をしていました。「いつかこの環境を変えたいと思って、がんばって働き続けました」と振り返ります。
当たり前だったサービス残業(残業代が支払われないで残業すること)をやめ、2交代制を取り入れたことで、子育て中の人でも、都合がつきやすくなりました。
「医師も、多様性を保つことが大切」と木戸さんは訴えます。「以前、産婦人科で女性の患者さんを診察した時、『これまで男性の先生だったので言えなかったけれど、実は……』と悩みを打ち明けてくれたことがありました。医療を受ける側も、性別はもちろん、さまざまな個性を持った先生を選べることで、メリットも多くなるはずです」
医師を目指す中高生に木戸さんはメッセージを送ります。「医師になるか迷ってしまう女の子もいると思います。他の仕事でも不安に感じるかもしれません。でも、少しずつ、先輩たちが努力して変えようとしています。みなさんもぜひ『自分が変えるんだ』というくらいの気持ちを持って、挑んでください」
(C)朝日新聞社
子育てしながら医師として働いてきた日本赤十字社医療センター産婦人科部長の木戸道子さん(右)=8月20日、東京都渋谷区
経済協力開発機構(OECD)の統計によると、2016年にデータのある国の中で、日本の女性医師比率は約21%で最も低く、00年以降、データのある年は常に最下位です
(C)朝日新聞社
記事の一部は朝日新聞社の提供です。