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2018年11月11日付
10月、今年のノーベル医学生理学賞に本庶佑さん(京都大学特別教授)が決まり、お祝いムードに包まれました。一方で、受賞決定後、本庶さんは「基礎研究」に取り組む若い研究者たちが置かれた環境に危機感を示しました。基礎研究とは、どのような研究なのでしょうか。日本の基礎研究の現状とともに紹介します。(近藤理恵、中田美和子)
基礎研究とは、科学の新原理の発見を目的とした研究をさします。純粋な好奇心に基づいて研究し、研究中は何に役立つかわからないことも珍しくありません。
医学の場合は「基礎医学」と「臨床医学」に大きくわかれます。臨床医学は、患者の治療を目的とする学問で、内科や外科、小児科などにわかれています。一方、基礎医学は、臨床医学の基礎となる学問のことで、解剖学や生理学、病理学などがあります。
本庶さんは、基礎医学の研究から、がん治療薬「オプジーボ」の開発へとつなげました。ノーベル賞受賞決定の会見で「受賞を機に基礎医学の発展が加速し、多くの研究者を勇気づけるとすれば望外の喜び」と話しました。基礎研究を長期的な展望で支える重要性も訴え、若手研究者を支援する基金を京都大学に設立する意向も示しました。
2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥さん(京都大学iPS細胞研究所所長)や、16年に同賞を受賞した大隅良典さん(東京工業大学栄誉教授)も、基礎研究の重要性を説いています。
背景には、日本の基礎研究が置かれた現状への危機感があります。基礎研究は、その成果を短い期間で実用化に結びつけにくく、研究費の獲得が難しくなってきています。政府が研究を助けるお金は2種類あります。大学や研究機関の規模などに応じて配る「運営費交付金」と、研究者に提案させて、すぐれた研究を選んで渡す「競争的資金」です。04年に国立大学が法人化されて以降、運営費交付金は毎年1%ほど削減の傾向が続きます。
医師で、東京大学名誉教授の岩本愛吉さんは「『基礎研究』と言っても、本庶先生、山中先生、大隅先生、それぞれが考える内容は多少異なると思います。ただ、独創的な研究が必要であることは変わりない」と話します。
「科学の分野にかかわらず、本に書かれていない事柄を見つけていくことが大切です。それは論文を読んでいるだけでは見つからない。実際に見たり、実験したりすることを通じて、オリジナリティーは生まれます」
運営費交付金が少なくなっていることで、一人あたりの研究費が減り、独創的な研究を続けることが厳しくなっていると岩本さんは指摘します。
「経済が停滞している今の日本では、基礎研究にお金をかけることは難しい。研究は細分化される傾向にありますが、これからは異なる分野の研究者が、同じ方向に向かって協力関係を築いていくことが重要だと思います。大きな集団を作るか、うまく研究の橋渡しをして解決をめざしていかないと、困難な課題を克服できません」
ノーベル医学生理学賞の受賞が決まり、会見する本庶佑さん=10月1日、京都市
国立大学法人運営費交付金予算額
iPS細胞をつくった山中伸弥さん、画期的ながん治療を確立した本庶佑さんら、世界的な基礎医学の研究者が国内から数多く出てきました。しかし、近年は国際的な競争力が低迷しています。
文部科学省によると、2005年から9年間で日本の基礎医学の論文数は微減。一方、中国は6倍、インドや韓国は2倍に、米国も2割増と、各国で増加が続きます。科学全般でも同じ傾向がみられます=グラフ参照。
低迷の一因として、基礎医学に進む医学部出身者の少なさが指摘されています。そこで厚生労働省は、基本的な診療を学ぶ臨床研修に、基礎研究医の育成コースを20年度にも導入する予定です。
基礎医学の研究を中断せず、研修と研究が両立しやすくなります。コースを設ける大学病院には、臨床研修を受けながら基礎研究に取り組める環境整備を求めます。
(C)朝日新聞社
基礎医学の研究者が育ちにくい原因の一つは、医学部のカリキュラムにあります。同じ理系でも理学部や工学部などは、大学生のときから研究室に入り研究するのが一般的です。医学部の場合は講義と実習が中心で、長期的に研究する機会はありません。そこで京都大学医学部は2016年度、大学生が基礎医学の研究室に出入りできるプログラムを作りました。
「ひと昔前に比べると今はいろいろな原理がわかり、臨床につながるものも増えた。でも、わかっていることがこれ以上増えないと、治療できるものも増えない」。導入に携わった大学院医学研究科長の岩井一宏教授は基礎医学の大切さをこう説きます。また「研究は役立たなくていいわけはない。ただ、役立つことがいいことと思いすぎていないか」と心配します。
プログラムでは1年生の前期、iPS細胞や脳科学など、受け入れる19の研究室の内容を紹介。希望者は夏休みに1週間、器具の扱い方など基本的な技術を学びます。後期から研究室に通い、アドバイスを受けながら実験をします。2年生までは複数の研究室を試してもよく、3年生で一つに決めます。医学部医学科の学生数は各学年110人前後。現在、1年生38人、2年生9人、3年生7人が参加しています。
阪本哲紀さん(3年)は、1年生のときから形態形成機構学の研究室でがんを引き起こすウイルスに効く化合物について調べています。両親ともに医師で、自身も小学生のころから医師をめざしてきました。一方で研究にも興味があります。
「学部の勉強はすでにある知識の暗記ですが、研究はわかっていないことをどう実験して論理的に証明していくか。思うような結果が出るとうれしい。たとえ小さな発見でも論文など残る形にできたらいいと思います」
ただ、学部の勉強に加え、研究のため週1回、午後の時間を確保するのは大変です。4年生のあとには2年間の臨床実習があります。「医師と研究者、どちらか、実習を終えてから見極めたい。大学院に進む前に研究に触れて選択肢が広がるのは、大きなメリットです」
がんを引き起こすウイルスに化合物を加え、効果を調べる京都大学医学部3年の阪本哲紀さん=京都市の京都大学大学院医学研究科
記事の一部は朝日新聞社の提供です。