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2018年11月18日付
内戦が続くシリアで3年4カ月にわたって武装組織に捕まっていたフリージャーナリストの安田純平さん(44)が10月25日、帰国しました。安田さんが取材しようとしたシリアでは戦争の終わりが見えず、多くの子どもたちも犠牲になっています。記者はなぜ、そんな危険のある紛争地に取材に行くのでしょうか。(朝日新聞イスタンブール支局長・其山史晃)
地中海の東側に面するシリアは「文明の十字路」と呼ばれる地域にあり、地理的にも歴史的にも中東の中心です。首都ダマスカスは数千年の歴史がある美しい都市です。しかし、7年間に及ぶ内戦で、2200万人いた住民のうち半分は国内外に逃げています。
始まりは2011年3月、アサド大統領の政治に不満を持つ民衆が「独裁をやめろ。自由がほしい」と抗議をしたことです。軍隊などが武力で抑え込もうとしましたが、武器を持った市民が反体制派として抵抗を始めました。やがて、極端な思想を持ち、残酷な行いで知られる過激派組織「イスラム国」(IS)などの集団も流れ込み、混乱はひどくなりました。
内戦は現在、アサド政権が勝っていますが、戦争は簡単に終わりそうにありません。
大国の米国やロシア、中東の周辺国であるトルコ、イランなどはシリア国内のいろいろな勢力を支援しています。各国の利益が複雑に絡まってしまい、平和を実現する話し合いがうまくいかないのです。
シリアで激しい戦いがあった町を訪れると、見渡す限りの建物が壊されている風景に背筋が寒くなります。爆撃やミサイルは家ばかりでなく、学校や病院も目標にします。猛毒の化学兵器すらたびたび使われ、たくさんの市民が巻き添えになっています。
内戦の被害を調べる団体によると、内戦で亡くなった人は36万人以上で、うち2万人は18歳以下の子どもです。
シリア内戦の当事者は、アサド政権、反体制派、過激派組織、少数民族のクルド人の勢力に大別されます。
アサド政権はロシアとイランの支援を受け、今は都市部を中心に国土の半分以上を支配します。
反体制派を支援してきたのは隣国のトルコや米国、英国、フランスなどです。
クルド人は「国家を持たない世界最大の民族」とも呼ばれ、約3千万人が中東の国々で暮らしています。対ISで勢力を広げ、シリア国土の約3分の1を支配します。北部での自治権獲得をめざしていますが、アサド政権の打倒は掲げていません。
ダマスカス近くの東グータ地区の住宅地は、爆撃で屋根も壁も崩れ落ちていました=5月、其山史晃撮影
(C)朝日新聞社
ダマスカス近くの町では昨年から今年にかけ、アサド政権軍が連日、猛烈な攻撃を加えました。
小学生のヌールさん(12)は、地下室で爆弾の音におびえながら、「もうすぐ死ぬんだ。世界には安全に暮らす子どもがたくさんいるのに、なぜ私はこんな目にあうのだろう」と思ったそうです。家族の死を目撃した子どもたちは心に傷を負っています。
ヌールさんの夢は、紛争地で苦しむ子どもを助ける医師になることです。小学校を訪ねると、医師と同じくらい子どもに人気の職業が教師です。戦争で何年も通学できなかった子どもがたくさんいるのです。
紛争地では武器を持つ者が力を持っています。普通の市民は、住んでいる地域を支配する政治家や軍、警察、武装組織からにらまれることを恐れ、自由に発言はできません。
地元の新聞やテレビの報道内容は厳しく制限されています。紛争地に入る記者は、現場で起きていることや人々の暮らしを自分で見たり、話を聞いたりして取材し、世界の人に実態を伝えたいのです。
危険な場所に行くわけですから、記者は安全を確保するために情報を集め、信頼できる現地の案内人や護衛を雇います。ただ、取材活動に制限があるのも事実です。シリアでアサド政権の許可を得て取材する場合、情報省の役人がついてきます。インタビューを受ける市民は、役人の反応を気にしながら質問に答えます。記者はこうした事情を理解して、記事を書く必要があります。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、シリアから周辺国や北アフリカに逃れた難民は563万人以上。最大の受け入れ国は北隣のトルコで約359万人です。
シリア国内でも、戦闘によりキャンプや親族宅に避難した国内避難民が約660万人います。
ヌールさん(左)と妹のアラさんはダマスカス近くの東グータ地区で爆撃にあう日々を、ツイッターで世界に伝えていました。トルコに脱出して取材に応じ、やっと笑顔を見せました=4月、其山史晃撮影
(C)朝日新聞社
其山史晃さん
安田純平さんは2日と9日に記者会見し、拘束された経緯や、拘束中に見聞きした内容を明らかにしました。
トルコからシリアに入ったのは2015年6月。反体制組織に外国人兵士が集まり、その支配地域には少数派も暮らすといった実情を取材するためでした。しかし国境付近で、信頼していた案内人が様子を見に行っている間に、別の人に付いていってしまい、拘束されました。「自分でも考えられないようなミス」と振り返ります。
拘束した組織は正体を隠し続け、安田さんは民家や収容施設を転々とさせられました。
ある時、声変わり前の少年が尋問される様子が聞こえました。シリア南部の出身で、トルコ側からシリアに入ったところを捕まり、スパイの疑いをかけられていました。
「おそらく政府側も反政府側も、子どもにスパイ行為をさせている。戦争は物理的に銃弾が飛び交うだけでなく、情報戦も同時にしている。弱い立場の人が利用されるのは、(戦争の)一つの姿」
今年3月末から9月に入れられたのは、ウイグル人が運営する収容施設でした。少数派イスラム教徒のウイグル人は、中国の西端にある新疆ウイグル自治区では弾圧されています。内戦でシリア人が住めなくなった後、ウイグル人がやってきて住み着いたようでした。家族で暮らし、生活が成り立っていました。
もし情勢が落ち着いたとしても、難民となった人たちが戻ってこられるのか。安田さんは拘束中に見た光景から、「シリアがかつてのような姿に戻るのは非常に難しいのでは」と感じています。(岩本尚子)
会見する安田純平さん=9日、東京都千代田区の日本外国特派員協会
記事の一部は朝日新聞社の提供です。