朝日中高生新聞
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日本、商業捕鯨30年ぶり再開へ

2019年1月27日付

IWC脱退決める

反対国と平行線のまま

 日本政府は昨年12月、世界の海でクジラの資源管理をしている国際げい委員会(IWC)から6月に脱退することを決めました。日本が国際機関から脱退するのは極めて異例です。脱退に伴い、7月からは約30年ぶりとなる「商業捕鯨」を再開する見通しです。なぜ、IWCから脱退するのでしょうか。日本のクジラの食文化とともに考えます。(近藤理恵)

江戸時代からの食文化
戦後は貴重な栄養源に

 みなさんはクジラの肉を食べたことはありますか。現在は高級な食材であるため、なかなか食べる機会はないかもしれません。
 日本ではクジラは江戸時代、西日本を中心に食文化として定着しました。第2次世界大戦後、日本が食料不足になると、貴重なたんぱく源として全国の学校給食などで重宝され、1960年代には消費量が年20万トンを超えました。
 クジラの保護と持続可能な利用をめざして48年、国際機関としてIWCが設立されました。当初はヨーロッパ諸国もクジラの「油」などを目的に捕鯨をしていましたが、60年代ごろから撤退するようになりました。
 英国など「反捕鯨国」による主張を受けて、IWCは82年、クジラの数が減っていることなどを理由に、肉などを売るために捕獲する「商業捕鯨」の一時停止を決めました。

資源減など理由に停止
調査捕鯨でデータ収集

 これに対して日本は、申し立てれば決定にしばられない「異議申し立て」をしましたが、米国からの要求により、異議申し立てを撤回。88年に商業捕鯨をやめました。
 一方、北極圏で捕鯨活動をしていたノルウェーは異議申し立てを行い、現在も商業捕鯨を続けています。日本は2018年9月、IWCの総会で商業捕鯨の再開を提案しましたが、却下されています。
 日本は国際捕鯨取締条約に基づき、クジラの生態などを調べる「調査捕鯨」を1987年に南極海、94年に北西太平洋で始めました。国から許可と補助金を受けて日本鯨類研究所が実施。2017年度は595頭を捕獲しました。調査で集められたデータは、IWCの科学委員会に報告しています。この調査捕鯨でとれたクジラの肉が、「副産物」として国内で販売されているのです。
 調査捕鯨は、反捕鯨団体「シー・シェパード」などの抗議活動の対象となっており、たびたび問題が起きています。11年には、日本の調査捕鯨船に活動船を体当たりさせるなどして、調査捕鯨を中断に追い込みました。

調査捕鯨で捕獲されたミンククジラの写真
調査捕鯨で捕獲されたミンククジラ=2018年4月、宮城県石巻市
(C)朝日新聞社

網走の港に水揚げされたミンククジラの写真
かつて屈指の捕鯨基地だった網走の港に水揚げされたミンククジラ。体長を測るなど生物学的な調査が行われました=18年8月、北海道網走市
(C)朝日新聞社

出港を見送る家族ら
南極海で活動する調査捕鯨船の出港を見送る家族ら=18年11月、山口県下関市
(C)朝日新聞社

「食文化」か、「動物の福祉・権利」か

折り合えない捕鯨国と反捕鯨国

 日本は長年、調査で数が回復していることが確認された種類のクジラについて、商業捕鯨を再開したいと国際捕鯨委員会(IWC)に求めてきました。しかし、オーストラリアや英国、米国など「反捕鯨国」の強い反発から、再開のめどはたっていませんでした。
 捕鯨を反対する理由には、どんなことがあるのでしょうか。
 東海大学海洋学部准教授のおおあやさんは「反捕鯨国は『動物の福祉』と『動物の権利』を大きな理由としている」と解説します。
 「動物の福祉」とは、動物への苦痛を最小限におさえる考えです。反捕鯨国は、クジラの場合、致命傷を負わせることができないと即死せず、苦痛を与えてしまうと主張しています。「動物の権利」は「動物の生きる権利」のこと。クジラにも、人間に命を奪われることなく、生きる権利があると考えられています。
 調査捕鯨で捕獲するミンククジラは、南半球だけでも推定52万頭いるとされ、十分な資源量があると考えられます。「日本が行っている捕鯨で、クジラの資源量は、論点にはなっていません。捕鯨に関しては、どうしても感情論になりがちです。反捕鯨国と捕鯨国の互いの主張があまりに違いすぎて、合意に至れないのです」と大久保さん。
 調査捕鯨の元調査員で、下関げいるい研究室の室長・いしかわはじめさんも「クジラの資源回復など、調査捕鯨による科学的なデータをもとに証明しても、反捕鯨国の強い反発で再開できませんでした。感情的な理由で否定しているようです」と話します。
 「反捕鯨国は『クジラは賢い動物である』ということも理由に挙げています。しかし『賢い』かどうか決めるのは人間の勝手な基準で、非科学的です。捕殺についても、ハンティングでシカが殺されるとき、どれくらいの割合で即死しているのかは、わかっていません。クジラが『神格化』され、感情的な話に流されているように思えます」

脱退には否定的な見方も

 約30年ぶりに商業捕鯨を再開するため、日本がIWCからの脱退を決めたことについて、石川さんは「仕方がないと思う」と話します。
 一方、大久保さんは「デメリットが大きいのでは」と指摘します。かつて日本は、IWCを脱退しなくても、排他的経済水域(EEZ)内での商業捕鯨ができる案も出しましたが、折り合いがつきませんでした。
 「今回の脱退は、捕鯨に関する外交を失敗してきた最後のとどめだと思います。日本が商業捕鯨を再開しても、国際条約の枠があるため、捕獲頭数は減ります。今後、日本の捕鯨は縮小していく可能性が高い」と大久保さんはみています。
 また、国際社会からの批判の声もあがっています。大久保さんは「気に入らなければやめるという態度をとると、今後、海の資源などに関する別の交渉の場で、日本と同じような手段をとられる恐れがある。交渉の場で日本の立場が弱くならないかも心配」と話します。

捕鯨を巡る動きの表画像
(C)朝日新聞社

IWC加盟89カ国の構図の画像
(C)朝日新聞社

政府がめざす商業捕鯨の操業海域の地図画像
(C)朝日新聞社

「食」の継承に危機感

「クジラの街」山口県下関市

 1930年代に始まった南極海の捕鯨の基地であり、明治時代以降の「近代捕鯨」発祥の地である山口県しものせき市をたずねました。
 下関はフグで知られていますが、クジラの肉を使った料理を出す飲食店が数多く、市内の学校給食にクジラ料理が出るなど、「クジラの街」でもあります。
 クジラ料理専門店「下関くじら館」では、クジラの竜田揚げや内臓などの盛り合わせを出してくれました。店長のじまじゅんさんは「クジラは尾っぽから頭の先、内臓まで余すところなく食べられます」と言います。
 クジラの肉は、全体的に牛肉とお魚が混ざったような味がしました。福岡県から年に数回訪れるという50代のお客さんも「僕は給食で食べていた世代。でも、このお店の料理はその当時食べたものと全然違って、すごくおいしい」と話していました。

「家庭で食べられなくなった」

 小島さんは「『日本でももうクジラの食文化はない』という人もいますが、全国からたくさんの人が来てくれる。うちがある限り、食文化はあると示せるので、がんばって続けたい」と話します。
 下関くじら食文化を守る会の会長、こうめいさんも、多くの人がクジラを食べる機会がほとんどない現状を指摘します。
 「クジラは、値段が上がって手に入りにくくなり、家庭で食べられなくなってしまった。食経験がなければ、人は食べなくなります。クジラの食文化がなくなってしまうことに危機感を抱いています」

唐戸市場にあるクジラ肉専門店の写真
唐戸(からと)市場にあるクジラ肉専門店。ベーコンや刺し身用の赤身など、さまざまなクジラ肉が並びます=13日、山口県下関市

クジラ料理専門店の小島さんの写真
クジラ料理専門店で料理をふるまう小島さん(右)。店内には「IWC脱退 応援お願いします」と書いた紙が貼ってありました=12日、山口県下関市

クジラの刺し身と珍味の盛り合わせの写真
クジラの刺し身と珍味の盛り合わせ

クジラの竜田揚げの写真
クジラの竜田揚げ=どちらも12日、山口県下関市

クジラの恩恵に感謝の念を表した記念碑の写真
クジラの恩恵に感謝の念を表した記念碑もあります=13日、山口県下関市

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