朝日中高生新聞
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スポーツ 何のために?

2019年3月3日付

 世界を舞台に活躍するアスリートに中高生がいる一方で、部活動での長時間の練習が問題になるなど、子どもとスポーツの関係に最近、注目が集まっています。陸上の五輪メダリストのすえつぐしん選手(38)は1月、勝ち負けだけにこだわらない陸上クラブを設立しました。また、ユニセフ(国連児童基金)は昨年11月、「子どもの権利とスポーツの原則」を発表しました。(編集委員・根本理香)

勝利だけにこだわらない

五輪メダリスト末続さんが設立 誰もが参加できる陸上クラブ

 2008年の中国・キン五輪陸上男子400メートルリレーの銀メダリスト、末続さんが神奈川県ひらつか市で発足させたのは、陸上クラブ「イーグルラン・ランニング・コミュニティー(ERC)」。小さい子でもお年寄りでも、速く走れるようになりたい人も、みんなで楽しく走りたい人も、だれもが参加できる会員制のクラブです。

好きだから走り続けられる

 設立の背景には、トップアスリートだからこそたどり着いた「勝利じょう主義(勝利だけに価値があるという考え方)」への疑問があります。
 末続さんは小さいころから、かけっこが大好きでした。しかし、大学生、社会人となり、勝つことばかりを求められるようになると、国内外の大会でトップレベルの結果を残しているにもかかわらず、「心の中はさみしくて、乾いていた。勝っても心が満たされないということを知った」と振り返ります。
 北京五輪の前後には、眠れない、手が震える、耳が聞こえなくなるなど、体にも異変が表れました。「このままでは危険」と、北京五輪後の3年間、休業しました。
 ただ、陸上をやめようとは思わなかったそうです。「走ることが好きで始めたから、やめることが答えだとは考えなかった」。今も走り続けられているのは「勝利至上主義ではないから」と言います。

1歳から84歳までが一緒に

 末続さんは保護者や指導者に対し、「伝えたつもり、教えたつもりになっているから問題が起こる。子どもは大人に合わせることもある」と注意を促します。「子どもの話を聞き、同時に責任を持たせることが必要です」
 子どもたちには「自分で選択し、結果に責任を持つという気持ちが大切です。自分の責任だと思うことで、自分の言葉で話すようになり、いつの日か自分の言葉で人の心を動かせるようになる」とアドバイスします。
 1月20日にあったERC設立のプレイベントには、1歳から84歳までの約100人が参加しました。「世代も考え方も超え、さまざまな人が一緒にいて違和感のない空間であることが一番大事」と末続さん。ERCの最初の支部は、住まいのある平塚市につくりましたが、今後は全国に広げていく予定といいます。
 詳しくはERCのサイト(https://eaglerun.jp/eaglerun-running-community/)で。

北京五輪の陸上男子400メートルリレーでメダルを獲得し、チームメートと抱き合って喜ぶ末次さん
北京五輪の陸上男子400メートルリレーでメダルを獲得し、チームメートと抱き合って喜ぶ末続さん(左から2人目)=2008年8月、中国・北京の国家体育場
(C)朝日新聞社

「楽しめて勝てる」追究を

ユニセフが「子どもの権利とスポーツの原則」
競技団体や指導者らに向け

 世界のほとんどの国がじゅんしている「子どもの権利条約」では、国や民族、性別、障がいの有無にかかわらず、すべての子どもに遊びやレクリエーション、休息の権利を認めています。
 昨年11月にユニセフ(国連児童基金)が発表した「子どもの権利とスポーツの原則」は、ユニセフがスポーツと子どもの課題について取り上げた初の文書。前文と10の原則からなります=表参照。大人に期待されることが書かれ、トップアスリートを目指す子も、遊びの延長でスポーツに親しむ子も含め、すべての子どもがカバーされる内容になっています。
 2020年の東京五輪・パラリンピックなどを控え、日本国内でスポーツにこれまで以上に注目が集まる中、「スポーツの価値を確認できるものを発信したい」と、日本ユニセフ協会がユニセフ本部に提案。17年秋ごろから原則の作成に取りかかりました。日本の主なスポーツ団体の意見を取り入れ、スポーツ庁が昨年3月にまとめた中学校の運動部活動についてのガイドラインも生かしています。

保護者の過度な期待も戒め

 作成している間に、スポーツ界で指導者によるパワーハラスメント(パワハラ)や暴力など、さまざまな問題が明るみに出て、「原則の必要性をいっそう感じた」と日本ユニセフ協会のたかはしあいさんは話します。
 キーワードの一つとなったのが「保護者の期待」だといいます。原則では、子どもは大人の期待にこたえようと無理をする傾向があるので、冷静な判断を促したり、大人が限界を設定したりする必要がある、としています。
 勝利だけに価値を見いだす「勝利じょう主義」については、必ずしも子どもの最善の利益にはつながらないと否定しています。そのほか、子どもの意見を尊重することや、スポーツに偏らないバランスの取れた成長の促進、行き過ぎた指導の禁止なども取り上げています。
 「原則を先取りする形で改革を進めているところは、子どもたちがスポーツを楽しんでいて、強い。楽しむことと勝つことは反しない」と高橋さん。「スポーツは本来、楽しむもの。どうやったら楽しめて、しかも勝てるのか、みなさんもぜひ考えてみてください」

子どもの権利とスポーツの原則(抜粋)

(原則の下の項目は抜粋・要約)

●スポーツ団体と教育機関、指導者に期待されること

〈原則1〉子どもの権利の尊重と推進にコミットする
・勝利至上主義は、必ずしも子どもの最善の利益につながらない
・試合や練習への要望や不快感をふくめ、子どもが自由に意見を述べることを尊重する

〈原則2〉スポーツを通じた子どものバランスのとれた成長に配慮する
・家族と過ごす時間を尊重し、レジャーや学習などスポーツ以外の活動に十分な機会を与える
・トップアスリートとして活躍できる期間は限られていることや、事故や故障などスポーツ選手のキャリアに関わる情報も子どもに提供する

〈原則3〉子どもをスポーツに関係したリスクから保護する
・スポーツのあらゆる過程での暴力や虐待、過度なトレーニング、いじめ、無関心な扱い、過剰な規律などを撲滅する

●子どもの保護者に期待されること

〈原則10〉スポーツを通じた子どもの健全な成長をサポートする
・子どもは自らに負荷をかけ過ぎることもあり、子どもを守るために、時におとなが限界を設定する必要があることも認識する

詳しくは日本ユニセフ協会のサイト(https://childinsport.jp/)で

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