朝日中高生新聞
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1面の記事から

史実に見る 人間の弱さ

2019年6月9日付

アウシュビッツ強制収容所
ユダヤ人虐殺 負の世界遺産

 第2次世界大戦中、ナチス・ドイツはユダヤ人大虐殺(ホロコースト)をしました。ユダヤ人ら約110万人が虐殺されたナチス・ドイツの「アウシュビッツ強制収容所」は、世界遺産登録から今年で40年。12日は、ナチス・ドイツから逃れ、隠れ家での生活をつづった「アンネの日記」の著者で、ユダヤ系ドイツ人アンネ・フランクの生誕90年です。ホロコーストから私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。(近藤理恵)

強制労働、ガス室…110万人の命奪う

 ホロコーストは、アドルフ・ヒトラー率いるナチス政権とその協力者が、ユダヤ人を迫害し、虐殺したことです。約600万人のユダヤ人が殺されたと言われています。ナチスは「優秀」な遺伝子のみを残して国を強化すると考える「優生思想」に基づき、障がい者も虐殺しました。
 1933年にナチスが政権を握ると、ドイツ人を「優れた人種」、ユダヤ人を「劣った人種」とし、ユダヤ人の就職や結婚を制限したり、選挙権を奪ったりしました。差別は次第にひどくなり、「ユダヤ人問題の最終的解決」として、ユダヤ人の皆殺しを計画しました。
 アウシュビッツ強制収容所は40年、ナチス・ドイツの占領下にあったポーランドに建設されました。広大な敷地に、ドイツや、ナチス・ドイツの占領下となったヨーロッパ各地から集められたユダヤ人が収容され、強制労働をさせられました。強制労働に向かないと判断された人は、命を奪うガス室に送られました。
 アウシュビッツでは、残酷な人体実験も行われるなど、あらゆる人権侵害が起きました。約110万人が殺され、生き延びることができたのは200人に満たないとされています。
 「二度と同じ過ちを犯さないために」との願いを込めて、79年にユネスコの世界遺産に登録されました。悲惨な現実を伝える「負の遺産」ですが、世界中から多くの人々が訪れ、歴史を学んでいます。

 【アウシュビッツ強制収容所(アウシュビッツ・ビルケナウ――ナチスドイツ強制・絶滅収容所)】

 第2次世界大戦中の1940年、ナチス・ドイツが占領したポーランドの南部オシフィエンチム(ドイツ語名アウシュビッツ)に造られた強制収容所。欧州各地からユダヤ人らが送られ、約110万人がガス室などで殺された。45年1月、ソビエト連邦軍が解放した。アウシュビッツ収容所とビルケナウ収容所が世界遺産に登録された。収容所の跡地全体はポーランド国立「アウシュビッツ・ビルケナウ博物館」になっている。

ドイツとポーランドの地図

アウシュビッツ強制収容所跡に残る線路の写真
アウシュビッツ強制収容所跡に残る線路。かつて収容者たちが運ばれてきました
(C)朝日新聞社

アウシュビッツ強制収容所跡を訪れる観光客の写真
たくさんの観光客が訪れます
(C)朝日新聞社

アウシュビッツ強制収容所跡の門の写真
アウシュビッツ強制収容所跡の門。「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)と書かれています
(C)朝日新聞社

アウシュビッツ強制収容所跡の建物群の写真
アウシュビッツ強制収容所跡の建物群
(C)朝日新聞社

差別の風潮が高まった「結果」

 ホロコーストの歴史を通して命の大切さを学んでもらおうと、日本のNPOホロコースト教育資料センターは、小中学校や高校への訪問授業や、大学生と現地を訪ねるスタディツアーなどを実施しています。
 代表のいしおかふみさんは「アウシュビッツ強制収容所は、人間を荷物のように運び込み、命を『効率的』に奪うなどし、まるで『殺人の工場』だった。殺されたユダヤ人の髪の毛や着ていた洋服、めがね、食器などが残されていて、そこで何が起きたのかを目で確かめることができます」と話します。
 ホロコーストを学ぶ上で大切なこととして、石岡さんは「アウシュビッツ強制収容所は『結果』であり、前段階がある」と指摘します。
 「ホロコーストから生き延びた人は『初めは差別的な言葉から始まった』と話しています。不景気で街中に失業者があふれる中で、『あいつらが悪い』とユダヤ人を差別するように。差別は次第にひどくなり、社会の中で線引きされて暮らしも別にされた。そして、犯罪者扱いされ、ついに虐殺の対象となったのです」
 スタディツアーで日本の大学生がアウシュビッツに行くと、歴史に対する人々の無関心さや、ある風潮になんとなく流されていくことの危険性を感じるようだと言います。
 石岡さんは、差別や暴力は「人間の弱さやあやうさ」の一つで、アウシュビッツ強制収容所はそれが形になったものだと考えます。「だからこそ、アウシュビッツは『世界共通の遺産』です。何が起きたかを知るだけでなく、今を生きる私たちが悲劇を繰り返さないためにも、何ができるかを考えてほしい」と訴えます。

過去から学ぶ教育 守り続けて
東京大学大学院教授の石田勇治さん

 第2次世界大戦が終わって70年以上が経ち、風化も一つの課題になっています。ホロコーストやドイツ近現代史に詳しい東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授のいしゆうさんに、「過去の克服」として歴史教育が盛んなドイツの事情を聞きました。
 「特に高校では、現代史の授業は日本に比べてはるかに充実した内容です。ホロコーストについては、収容所で生き残った人の証言を直接聞いたり、収容所の跡地に行ったりするなど、複合的に学びます。また、なぜそのようなことが起こったのか、生徒同士で議論をすることもあります」

排外主義の兆候、危険

 しかし、ここ数年、ドイツでも変化が見られるそうです。2017年に「ドイツのための選択肢(AfD)」という右翼政党が、日本の国会にあたる連邦議会で議席を獲得し、第3党に台頭しました。AfDは、国内の外国人を退けて、自国民の生活と文化を守るべきだと主張しています。
 「AfDの支持者には、これまでの歴史教育に批判的な人が多く、『いつまで過去を振り返らなければならないのか』という声が強まれば、ドイツの歴史教育は変わっていくかもしれません」
 日本でも、特定の人種や民族を攻撃する「ヘイトスピーチ」が繰り返されるなど、排外主義の兆候が目に付きます。自分たちが気に入らない集団を対象に、大衆の憎悪をあおり、問答無用ではいせきしようとするヘイトスピーチの危険性を石田さんは指摘します。
 「こうした動きを放置すれば、標的となった少数派の生活が脅かされるだけでなく、社会から多様性が奪われ、冷静な議論よりも感情が流れを決める時代がやって来るかもしれません。それはナチスが行ったことに通じます。私たちは過去の人類の歴史に学び、同じ過ちを繰り返さないようにしたいものです」

アウシュビッツ博物館に展示されている収容者の靴の写真
アウシュビッツ博物館に展示されている収容者の靴
(C)朝日新聞社

アウシュビッツ強制収容所跡の展示室でツアーガイドの話を聞くイスラエルの高校生の写真
アウシュビッツ強制収容所跡の展示室でツアーガイド(左)の話を聞くイスラエルの高校生
(C)朝日新聞社

中高生におすすめの本

 ホロコーストに関する本が数多く出版されています。中高生に読んでほしい本を紹介します。

『わたしで最後にして ナチスの障害者 虐殺と優生思想』
(藤井克徳/著、合同出版)

生産性で人を選別

 「優生思想」に基づき、ナチスは大勢の障がい者を虐殺しました。人を「生産性」で考える優生思想は、現代社会にも潜んでいます。優生思想や人間の価値とは何か考える一冊。

『わたしで最後にして ナチスの障害者 虐殺と優生思想』の書影

『「ホロコーストの記憶」を歩く 過去をみつめ未来へ向かう旅ガイド』
(石岡史子・岡裕人/著、子どもの未来社)

未来へ語る記念碑

 ドイツを始めヨーロッパの国々では、公園や道端、観光名所などに現代アートのようなホロコーストの記念碑があります。負の歴史をどのように未来につなげているかを知ることができます。

『「ホロコーストの記憶」を歩く 過去をみつめ未来へ向かう旅ガイド』の書影

『増補新訂版 アンネの日記』
(アンネ・フランク/著、深町眞理子/訳、文春文庫刊)

10代の少女の記録

 ユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランク。ナチスから逃れてオランダの隠れ家で過ごした日々を日記につづっていました。アンネは1945年に収容所内で病気で亡くなりました。

『増補新訂版 アンネの日記』の書影

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