朝日中高生新聞
  • 日曜日発行/20~24ページ
  • 月ぎめ967(税込み)

1面の記事から

この国の、基地移設問題

2019年6月23日付

 沖縄県わん市の中心部に広がる米軍てん飛行場。政府は、この基地を市のに移す計画を進めています。沖縄県では選挙や県民投票などを通じて移設への「反対」を訴えてきましたが、移設の工事は止まりません。地元には基地との共存を考える人もいます。沖縄で暮らすさまざまな人の思いを聞きました。23日、沖縄は「れいの日」を迎えます。(猪野元健)

沖縄在住の芸人が発信
「賛否をこえて語りあおう」

 「全国のみなさん~辺野古に土砂投入されたけど、どない思てる~?」
 沖縄の海を背に赤いハチマキ、ふんどし姿、関西弁で物申す。「せやろがいおじさん」と呼ばれる沖縄在住のお笑い芸人・もりこうすけさん(31)は、時事ネタの動画を配信しています。大きな反響があった動画の一つが「辺野古への基地移設に一言」。防衛の観点や普天間飛行場の危険性、辺野古に移す課題などの論点を示し、「日本全体の問題として考えよう」と呼びかけます。
 奈良県出身。高校卒業後、青い海にあこがれて宜野湾市の沖縄国際大学へ進学。市の面積の4分の1を占め「世界一危険」ともいわれる普天間飛行場に隣接する大学です。2004年には米軍ヘリコプターが構内に墜落する事故が起きました。大学の近くで暮らすと、米軍機の離発着で閉めた窓が震え、テレビの音が聞こえなくなることに衝撃を受けました。
 動画配信を始めたのは昨年夏から。政治のネタはやらないと決めていましたが、昨年9月の県知事選挙で、移設反対のたまデニーさんが当選したときにSNSで「沖縄終わった」という投稿が広がり、考えが変わりました。
 「基地問題にはいろいろな意見がある。でも、沖縄を本当に良くしたいとみんなで考えた。それを本土から『終わった』とばっさり。沖縄を切り離し、分断を助長する。沖縄に受け入れてもらっている立場として、スルーできなかった」
 榎森さんの辺野古移設問題の動画は17万回以上、再生されました。「あなたはどう思うかと、本土の人に伝えたかった」。県外出身者だからこそ、発信することに意味があるとも考えたといいます。
 沖縄で基地問題はふだん「避けようとする話題」です。仕事や出自に基地が関係する人、沖縄戦でつらい思いをした人など、さまざまな立場の人がいます。言葉を一つ間違うと、その人との関係にひびが入る可能性があるといいます。
 「僕たちもこの話題を正面から取り上げるのはタブー。公開作業では手が震えました。でも、この国のことを語ったらあかんのか、という思いでした。賛成派だけ、反対派だけの議論では出ない意見に価値を見いだしたい」
 リゾート地のイメージがある沖縄。中高生には、慰霊の日をきっかけに、悲しい戦争や基地問題に思いを寄せてほしいと考えています。

沖縄本島の地図

米軍普天間飛行場の写真
基地の周りに住宅や学校などがあり「世界一危険」ともいわれる米軍の普天間飛行場。
夜7時を過ぎても米軍機の離発着が見られました=6日、沖縄県宜野湾市

大浦湾の写真
普天間飛行場を移設する計画の辺野古に面する大浦湾。
遠くに埋め立て工事のための作業船などが見えます=6日、沖縄県名護市

榎森耕助さんの写真
「せやろがいおじさん」こと榎森耕助さん

辺野古 揺れ続ける住民の思い

 「」。沖縄県北部、市の小さな地区名が、全国に知れ渡っています。20年ほど前、米軍てん飛行場(わん市)の移設先の候補になったことがきっかけです。基地問題に揺れ続ける地域の人たちの思いを聞きました。
 那覇市から高速道路を使って車で1時間30分。人口1800人ほどで昔ながらののどかな雰囲気を残す地域が、基地移設問題の最前線です。
 フェンスで囲われ、立ち入ることができない米軍基地「キャンプ・シュワブ」の沿岸で、政府は基地を造るための埋め立て工事を進めます。基地のゲート前では、移設反対の抗議活動が続いています。

海は壊したら元に戻せない

 「ここにしかない豊かな海を壊さないで」
 肩を落とすのは西にしひらしんさん(61)です。埋め立てられているおおうら湾のすぐ前で暮らし、仲間と海の生態を研究してきました。大浦湾には絶滅種262種を含む5800種以上の生物が確認されています。西平さんが発見して名前がついた甲殻類もいます。
 「近くに手つかずの森があり、マングローブや干潟、サンゴ礁など多様な自然がある。埋められると、自然環境は元に戻せないですよね」
 幼いころから海に親しんできました。基地に頼らず地域を活性化しようと、エコツアーにもかかわりました。今は大浦湾に入れる海域が制限されて研究が進まず、豊かな海を写真で伝える活動に力を入れます。
 「どれだけ声をあげても、国は無視して強行する。もう反対に疲れたという人もいる。民主主義は、壊れているのかな」

 西平伸さんの写真

基地受け入れ地域活性化を

 辺野古出身の名護市議会議員、みややすひでさん(64)は、条件付きで基地の受け入れを認める立場です。普天間飛行場の危険を取り除くとともに、辺野古周辺にある米軍ヘリの発着場の撤去も政府に求めています。
 「米軍機が集落の近くを飛ぶのは危険です。騒音も問題になっています」。政府は「地元の要望を米軍と協議中」としています。
 宮城さんは「沖縄はあちこち埋め立てて開発され、発展してきました。将来を見すえて考えたい」と話します。
 気がかりなのは、ふるさとの人口減少です。辺野古区公民館によると、1965年の約2300人をピークに、約1500人(寮生活の学生などを除く)にまで減りました。「伝統芸能の伝承も難しくなるのではないか」と心配しています。
 基地を受け入れることで、地元の建設業なども活性化すると期待します。

 宮城安秀さんの写真

「慰霊の日」に考える基地問題

 【沖縄の基地問題】国土面積の0.6%しかない沖縄に、日本の米軍施設(専用施設)の約7割が集中し、治安や事故、騒音などの問題を抱える。沖縄の経済ともつながりがあるが、基地の関連収入が県民総所得に占める割合は、1972年の15.5%から2015年は5.3%にまで減った。
 18年9月の沖縄県知事選で、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対したたまデニー氏が圧勝。今年2月の県民投票でも「反対」が有効投票数の72.15%を占めた。
 玉城知事は普天間飛行場の県外移設を訴えるが、政府は「辺野古が唯一の解決策」とし、今月14日、埋め立てのための土砂を投入し始めてから半年が過ぎた。

 【沖縄慰霊の日】太平洋戦争末期の1945年4月、米軍は沖縄本島に上陸。日本本土に上陸するための武器や食料などの補給基地とする目的だった。日本は米軍を沖縄でくい止めようと総力戦になり、日米合わせて約20万人が死亡。日本軍の組織的な戦闘が終わったとされる6月23日を沖縄県は「慰霊の日」と定めている。

米軍機から部品落下相次ぐ
移設=解決ではない

 普天間飛行場に近いうらそえ市の市立うら西にし中学校では4日、上空を通過した米軍ヘリから約20グラムのゴム片が落下しました。市の教育委員会は「絶対にあってはならない」と抗議。浦西中では、米軍機が上空を飛ぶと屋根のある所に避難するなど、屋外活動を制限するようになりました。
 飛行場に隣接する宜野湾市立普天間第二小でも2年前、米軍ヘリが約8キロの窓を運動場に落としました。同小2年の保護者はこう話します。
 「今日も米軍機が学校の近くを飛んでいますよ。でも、辺野古に移設したからといって、沖縄の危険は除去されますか。米軍機がいつ、どこを飛ぶかは、私たちにはわからないのです」

沖縄大学客員教授のあらしろとしあきさん
沖縄だけに我慢求める?

 なぜ沖縄で米軍基地が問題になっているのでしょうか。沖縄大学客員教授の新城俊昭さんに解説してもらいました。

本土化、捨て石、軍事拠点に

――基地問題を考える上で大切な歴史を教えてください。
 りゅうきゅう王国という国家が日本の沖縄県になったのは、明治時代の1879年。今年で140年です。武力を背景に統合され、服装や生活習慣も本土化していきました。
――太平洋戦争で、沖縄では激しい地上戦が繰り広げられました。
 米軍の本土上陸を遅らせるため、沖縄は「捨て石」にされ、県民の4人に1人が犠牲になりました。戦争が終わり、日本は1951年に米国などと結んだサンフランシスコ平和条約によって独立しますが、沖縄などは切り離され、米軍の統治下に置かれました。ソ連(いまのロシア)や朝鮮半島に対する軍事拠点にするためでした。
――沖縄の米軍基地はいつ造られたのですか。
 戦時中に土地を強制的に奪い、次々と新しい基地を建設し、統治後も基地を広げました。沖縄の人々は武力で国際紛争は解決しないと考え、72年に日本に復帰するとき、「即時、無条件、全面返還」を要求しましたが、実現していません。
――なぜ今も沖縄に基地が集中しているのでしょう。
 「政治の怠慢」ではないでしょうか。基地はアジア・太平洋地域の平和と安定に貢献するとされます。例えば、国の安全上、中国や朝鮮半島のことを考えるなら、沖縄より近い地域があります。でも、基地を移すことに地元は納得するでしょうか。米軍の駐留を定め、日本の安全を保障する日米安全保障条約には賛成するけれど、基地は沖縄に我慢してもらうしかない。こう考える人が多いのではないでしょうか。

「容認」「あきらめ」の空気も

――辺野古への基地移設に賛成する人もいます。
 賛成というより、ほとんどの人は「容認」だと知ってほしい。差別的な歴史がずっと続き、県民にはどこかに「あきらめ」があるのです。容認する人たちの間では、沖縄の経済が潤うという期待、現状の政策が変わることへの嫌悪感、中国が沖縄を脅かすという不安などがあります。でも、根拠のないニュースを信じている人がいるのも事実です。

 新城俊昭さんの写真

米軍キャンプ・シュワブに入ろうとするトラックの写真
埋め立て工事が進む辺野古の米軍キャンプ・シュワブに入ろうとするトラック。
ゲート前では、移設を反対する人たちが抗議を続けています=6日、沖縄県名護市

辺野古区の街並みの写真
昔ながらの沖縄の雰囲気が残る辺野古区=6日、沖縄県名護市

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