朝日中高生新聞
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2030SDGsで考える

2019年8月11日付

第5回 「平和」
争いを止めるために

 第2次世界大戦の終結から74年。今、世界は「平和」でしょうか。国同士が戦う「戦争」に限らず、国内で勢力が対立する「内戦」、小規模な争いも含めた「紛争」と呼ばれる武力衝突が、今も世界各地で続いています。
 2017年の1年間で、世界でテロは1万900件起き、2万6445人が死亡しました(米メリーランド大の世界テロリズムデータベースから)。件数が多いのはイラク、アフガニスタン、インド、パキスタンなど。世界では2億4600万人の子どもが、武力紛争の影響下で暮らしていると、国連児童基金(ユニセフ)が報告しています。
 国連が定めた「SDGsエスディージーズ(持続可能な開発目標)」の一つ、「16.平和と公正をすべての人に」という目標は、暴力による死亡率を大幅に減少させることや、法による支配の促進などをうたっています。
 今回は、紛争の現場に第三者として入り、暴力の連鎖や対立を止めようと尽力する2人の日本人を紹介します。2030年の世界を平和にするために、誰が何をすることが必要なのでしょうか。(岩本尚子、畑山敦子)

16「平和と公正をすべての人に」のアイコン

4「質の高い教育をみんなに」のアイコン

10「人や国の不平等をなくそう」のアイコン

紛争を解決に導く第三者の力

思い受け止め、憎しみの連鎖断つ
ソマリアで投降兵の脱過激化と社会復帰プログラムに協力
永井陽右さん(NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事)

 「アフリカのつの」と呼ばれる、大陸東端の国ソマリア。1991年から無政府状態が20年以上続き、今も市民がテロの脅威にさらされています。「テロを止める。紛争を解決する。」をスローガンとするNPO法人アクセプト・インターナショナルの代表理事、ながようすけさん(28)はソマリアで、イスラム過激派組織から投降した兵士の社会復帰に携わっています。(岩本尚子)

 ソマリア沖の海賊はニュースで時々取り上げられますが、背景にはソマリアの混乱があります。内戦で1991年に政府が倒れ、国連PKO(平和維持活動)が派遣されるも成果があげられず撤退。氏族集団がぐんゆうかっきょし、無政府状態は2012年まで続きました。
 国連やアフリカ連合軍の力を借り、国家再建の取り組みが進みますが、今も政府の力が及ばない地域は広く、イスラム過激派「シャバブ」の支配地域もあり、各地でテロが続きます。
 永井さんは16年から首都モガディシオで、ソマリア政府による、投降兵の脱過激化と社会復帰のプログラムに協力しています。
 シャバブなどのイスラム過激派は「自らが信じるイスラム思想社会を実現するために」、ジハード(聖戦)と称し、暴力的な手段をとります。永井さんは一人ひとりと向き合い、まずは目的や思いを受け止めます。
 そして「テロや暴力では、その目的を達成できていないですよね。じゃあどういう方法があるのか、一緒に考えましょう」などと、辛抱強く話し合います。目的を遂げるために、暴力以外の手段を選ぶようになってもらうのが「脱過激化」です。一人ずつでも、憎しみの連鎖を断ち切ることで、テロを止め、紛争解決へと歩みを進めます。
 「難民や食糧、教育の支援と比べたら、地味でわかりにくく規模も小さい。でも、大事なことなんです」

テロリスト含む「すべての人」に

 永井さんがソマリアの惨状を知り、紛争を解決すると決めたのは大学1年の時。ソマリア人留学生らと、「アクセプト・インターナショナル」の前身にあたるNGOを立ち上げました。
 まずは隣国のケニアに流れ込んでギャング化したソマリア人の若者たちと、対話を始めました。シャバブがギャングを勧誘しているともいわれ、現地の活動家と協力しながら手探りで、意識改革プログラムを構築していきました。
 永井さんが今、イスラム過激派と渡り合えるほどの話術をもつのは「ケニアのギャングに鍛えられたから!」と笑います。日本のまんがなど共通の話題を見つけて相手のふところに入り、「自分はイスラム教を学ぶ身なんだけど、テロリズムとジハードはどう違うの?」などと聞くそうです。
 こんなやり方ができるのは非武装の文民で、日本人だからこそだといいます。イスラム過激派は欧米を敵視しますが、日本のイメージは「NARUTOナルト」や「ドラゴンボール」が先行するそうです。


エスディージーの目標16「平和と公正をすべての人に」。永井さんは「『すべての人』にはテロリストも含まれますよね」とつぶやきました。
 「テロ組織側も、戦争は嫌なんですよ。みんな嫌なのに、なぜ紛争が起きるのか。かんしていくことも大切なんだろうな」
 学生向けの講演では「自分には何ができますか」とよく質問されるそうです。
 「できることは、大して、ない。問題解決をするならば、自分にできることではなく、何をすべきか、で考えてください。21世紀のヒーローは、人間として行動できる人だと思います。ヒーローになって、世界を変えましょう」

家を追われ難民に
戦闘員になる子も

 今もさまざまな地域で武力紛争が絶えず、子どもから大人までが危険にさらされています。

Q どのくらいの人が戦争などで自分の家に住めなくなっていますか。
 国連の2016年の報告書によると、紛争や迫害から逃れるために家を追われた人は約6560万人で、過去最多でした。そのうち国外に出た難民は2250万人で、18歳未満の子どもが51%を占めました。
 難民の出身国別ではシリアが最も多く、アフガニスタン、南スーダン、ソマリアが続きます。
Q 子どもにはどのような影響が出ていますか。
 ユニセフ(国連児童基金)の17年の報告書では、紛争の影響を受ける24カ国で、小中学校の学齢期の子ども約2700万人が学校に通えていません。難民の子どもたちは、難民でない子たちよりも学校に通えず、小学校に通っている子は50%、若者のうち、中等教育を受けている人は25%未満です。
 紛争に巻き込まれ、戦闘員のほか、料理係、スパイ役、メッセンジャーなどに使われている子は数万人いるとされています。

 ながい・ようすけ 1991年、神奈川県生まれ。国連人間居住計画CVE(暴力的過激主義対策)メンター。早稲田大学教育学部卒業、London School of Economics and Political Science紛争研究修士課程修了。著書に『僕らはソマリアギャングと夢を語る』(英治出版)、『ぼくは13歳、任務は自爆テロ。』(合同出版)がある。

ソマリアとケニア周辺の地図

今なお世界各地で続く危機
今なお世界各地で続く危機の図
(日本ユニセフ協会の資料などから)

対立する両者の話を聞き、橋渡し

紛争地域で調査、提言 東大作さん(上智大教授)

 紛争が起こった国で、停戦監視や国の再建支援などを行う国連の平和維持活動(PKO)や、紛争当事者の間で和平調停を行う政治ミッション。その活動の課題について、アフガニスタンやイラク、南スーダン、シリアなどの紛争地域で生の声を聞いて調査、提言しているのが上智大教授のひがしだいさくさん(50)です。平和を定着させるために必要なことや、日本の役割について聞きました。(畑山敦子)

 紛争の現場での調査で最大の課題は、政情や治安の不安定な地域にどうやって入るか、だといいます。「少なくとも現地で調査を応援してくれる引き受け手を確保し、国連本部から現地の国連事務所に紹介状を書いてもらったり、現地で協力してくれる国際機関やNGOなどに調査の目的を理解してもらったりすることを心がけています」
 2018、19年は日本政府の公務派遣でイラクや南スーダンなどを訪問しました。内戦が続く南スーダンでは、対立する大統領派、前副大統領派それぞれの幹部に話を聞き、現地の大学では、戦争を経験した学生や政府高官を前に講演もしました。
 対立する立場の人に話を聞くことについて「たとえば南スーダンでは、大統領派、前副大統領派それぞれに言い分があります。両方からきちんと話を聞き、どうやったら一緒にやっていけるか自分なりに分析し、日本ができることを伝えるようにします」

平和へ特別な思い

 東さんは「両親が広島出身で被爆経験があり、子どもの頃から平和には特別な思いがあった」といいます。高校では軟式野球に打ち込みながら、核廃絶について考える学生団体をつくり、活動していました。
 大学卒業後、NHKに就職し、報道ディレクターとして数々のドキュメンタリー番組の制作に関わりましたが、ベトナム戦争や、イラク戦争後の復興に向けた国連の動きなどを取材するうち、「直接的に平和づくりに関わりたいと思うようになりました」。35歳でNHKをやめ、カナダのブリティッシュコロンビア大学院に入学し、平和構築の研究を始めました。
 平和にかかわる仕事につける保証はなく、国連で働くには年齢の壁があり難しい状況でしたが、「当時の日本の国連大使やNHK時代に知り合った人たちの応援が支えでした」。大学院生の立場でしたが国連の支援を受け、戦争後の平和構築が試練を迎えていたアフガニスタンと、独立を巡る紛争後の国連PKOが功を奏して治安が安定した東ティモールで、現地の指導者や住民にアンケートを行いました。
 双方の論文が認められ、09年から約1年、国連の職員であるアフガン支援ミッションの和解チームリーダーとして活動しました。その後、東京大の准教授や国連日本政府代表部公使参事官を経て、16年からは上智大で研究しています。

世界的な対話の促進者に

 さまざまな場で、平和維持のために日本ができることは「グローバルファシリテーター(世界的な対話の促進者)」だと話しています。
 「日本はこれまでに平和国家として積み重ねた信頼があります。対立する立場の人に呼びかけ、対話の橋渡しをすることや、紛争に加え気候変動や貧困など『人間の安全保障』をおびやかすグローバルな課題をみんなで話し合い、解決する役割が担えると思います」
 今も世界で紛争は続いています。「国と国の関係は町内会に似ていて、誰かが困っている時は手を貸し、自分たちが大変な時は助けてもらう必要があります。回り回って自分たちの安全につながる。だからこそ、困難な状況にある人への思いやりを持つのは大事です」

 ひがし・だいさく 1969年、東京都生まれ。NHKディレクター、国連アフガニスタン支援ミッションの政務官、東京大学准教授などを経て現職。上智大学国際協力人材育成センター副所長も務める。

 【アフガニスタン】
2001年に国際テロ組織アルカイダによる米同時多発テロ以降、アルカイダをかくまっているとして米軍がアフガニスタンを空爆。タリバーン政権崩壊後も、政府軍、米軍と反政府勢力となったタリバーンの間で紛争が続いたが、今年に入り米軍撤退を目指す米トランプ政権とタリバーン幹部で協議が続いている。
 【南スーダン】
11年にスーダンから独立したが、13年末にキール大統領派と当時のマシャル副大統領派の間で戦闘がぼっぱつ。15年に一度は和平に合意したものの、再び戦闘になり、マシャル氏は海外に避難。約420万人が国内避難民や難民となり、アフリカ最大の人道危機に陥っている。

アフガニスタンと南スーダン周辺の地図

アフガニスタンの子どもたちの写真
財政難のアフガニスタンでは、教育分野にかける資金が不足し、識字率が伸び悩んでいます=2017年9月17日、アフガン中部バーミヤン
(C)朝日新聞社

国連による平和を維持させるための活動の表

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