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2015年7月26日付
文系の学部・大学院は、より社会に必要とされる分野に切り替えて――。文部科学省は先月、こんな通知を全86の国立大学に送りました。文系軽視ではと心配する声もあがるなか、文系・理系をどう考えたらよいのでしょうか。京都大学総長で霊長類学者の山極寿一さん(63)は「文系と理系の学生が対話することで学問は広がる」といいます。
大学では、自然科学系(理系)の学生と人文社会科学系(文系)の学生がともに話し合うことで、社会に出た時、知識の応用の場に生かせます。二つの学問はバランスよく保たれないといけません。
私は長年ゴリラを研究していますが、自然科学系の知識だけでは、とてもできません。ゴリラと接する時間をつくるために、アフリカの国々で現地の大臣と会い、研究許可を得ます。現地の人たちに研究内容を説明し、説得するには、膨大な時間がかかります。
国のトップの人たちと付き合うには、その国の歴史や文化を知ることも大切です。日本の歴史についても知っていなければなりません。フランス語圏の国では、フランス語でけんかをすることも必要でした。そうして初めてゴリラと接することができるのです。
いま、日本の財政は傾きつつあり、少子高齢化が進み18歳人口が減っています。社会保障費はふくれあがり、国は教育に多くのお金をかけられなくなります。国立大学は規模を縮小するか、自己資金を集めるかという選択が迫られます。そんななかで、この通知が出されました。
しかし、財政難や18歳人口の減少だけから大学の将来を考えなくてもいいと私は思います。国際化を進めていけば、減る18歳人口の分を上回るくらい、外国からの留学生が日本の大学に進む可能性があります。社会人の学び直しを推進していけば、大学の必要性はもっと高まります。
世界に通用するには、広い教養と哲学が必要です。自然科学系の学問だけでは、やっていけません。さまざまな価値観がある時代なので、歴史と文化の多様性に基づいた学問が求められます。
私は中高時代、学校の教科でいうと国語や歴史が好きでした。ものを考えるには、現象を理解して記述するだけでなく、過去にあったいろいろな考え方を吸収することが必要です。そのためには本を読み、人の話を聞くことが大事です。
中高生のみなさんには、自分で考えたことを人に話す楽しさを体験してほしい。さまざまな立場の人の対話を通じて、学問は広がっていくのです。(聞き手・中塚慧)
文部科学省の通知は、教員養成系や人文社会科学系の学部と大学院の見直しを求めています。社会に必要とされる人材を育てることができていなければ廃止や、需要にあった分野への転換を、という内容です。
国立大学への国の補助金は計1兆1千億円以上。国の財政が悪化するなか、成果が見えやすい分野に力を入れさせ、国立大学に投入する税金を効率的に使うのがねらいです。
文科省は2004年度から、6年ごとに「中期目標」を提出するよう国立大学に義務づけています。認可を受けるには目標が通知に沿っている必要があります。
技術革新や産業振興などにつながる理系に対し、文系は成果が見えにくい側面もあります。文科省は、文系を減らして理系を増やすという意味ではないとしていますが、成果がすぐに出ない分野への影響を心配する声もあがっています。
イラスト・どいまき
早稲田大学政治経済学部政治学科3年の藤川友実子さんは、大学で文系に進んでも理系の知識をまったく使わないということはない、と実感しているといいます。「投票行動のデータ分析などで、数学の統計の知識が必要です。高度な知識ではなく、高校で学んだ基礎的なレベル」
東京女子大学現代教養学部人間科学科で心理学を専攻している齋藤琴音さん(1年)は「認知心理学では人間の見え方や聞こえ方が、精神医学では『海馬』など脳の部位の話が出てきます。理科をおさらいしています」。統計処理のためには、数学を思い出す必要も。中学からの教科書を取っておいてよかったといいます。
私立大学の理学部で生物を研究していた石田悠さんは、環境破壊などの社会問題に科学者は何ができるか、と考えて東京大学大学院総合文化研究科に進み、現在修士2年。「現実の問題は、社会状況や国と国との関係などがあり、科学的に正しい選択だけでは解決できません。その答えを見つけるために違う視点を持つ文系に転じました」
中高生へは「文系・理系を選択する際に、苦手科目を避けてもやらなければならない時が来る。何を学ぶと楽しめるか、で選んだ方がいいですよ」といいます。(吉田由紀)
記事の一部は朝日新聞社の提供です。