朝日中高生新聞
  • 日曜日発行/20~24ページ
  • 月ぎめ967(税込み)

1面の記事から

最新科学でピラミッドの謎に迫る

2016年12月25日付

 今から約4500年前に造られたエジプトのピラミッドの謎に、日本の研究者たちが最新科学で迫っています。どうやって造られたのか、未知の空間はあるのか。発掘せずに、真実に近付こうとしています。(岩本尚子)

どうやって造られたか

3D計測で石材の形や傷を再現

 エジプト最大の「クフ王の大ピラミッド」は、建設当時の高さが約147メートル、底辺が約230メートル。内部の構造などには、いまだに謎が残ります。
 2011年に中東・北アフリカで広がった民主化運動「アラブの春」で、エジプトでは約30年続いたムバラク政権が崩壊し、その後も混乱が続きました。10年に1473万人いた外国人観光客は、治安面の不安から約4割減り、エジプト経済に影響が出ています。
 エジプト政府は観光客を呼び戻そうと、新博物館の建設を進めているほか、考古学における新たな「発見」を求めています。ただし、世界文化遺産でもあるピラミッドは「非破壊調査」が原則です。


 大ピラミッドに残る謎の一つは「どうやって造ったのか」。約230万個ともいわれる石材を積み上げるのに、使われたとみられる道具はロープの方向を変える滑車、てこ、それに傾斜路だけ。この時代のピラミッドは建築技術が高く、崩れていないので、どんな形の石がどのように積まれているのかわかっていません。
 『かわゆきのりの最新ピラミッド入門』(日経ナショナルジオグラフィック社)などの著書があるエジプト考古学者の河江肖剰さんは、3D計測という方法で、ピラミッドなどの3Dモデルを作製しています。工学者や数学者などと組んだチームで、レーザースキャナーで得たデータやデジカメで撮った写真などを元に、石材一つひとつの形や傷まで、画面上に再現します。
 河江さんはテレビ番組の取材に同行し、13年に初めて大ピラミッドに登りました。目的地は北東の角、80メートル地点。石材がはがれ落ちている「くぼみ」と「洞穴」を撮影しました。映像を元に3Dモデルを作製すると、これまでのどの仮説とも異なり、内部の石材は大きさも向きもバラバラでした。
 15年には頂上まで登りました。11メートル四方の広さがあります。中央部分は大きくへこみ、石の表面には、てこを利用して押すための穴などがありました。
 石材の積み方や、石材に残った跡などの情報を総合すれば、どうやって大ピラミッドが造られたのか、根拠をもって語ることが可能になります。河江さんはピラミッドの基礎データを更新することで、エジプト考古学に貢献したいと考えています。
 「当時の人たちがクレーンもヘリコプターもなしに、どうやって造ったのか。どんな人たちが暮らす、どんな社会だったのか。本当のことを知りたいんです」


 大ピラミッドのもう一つの謎は「未知の空間があるのか」です。エジプト考古省が主催する国際共同研究「スキャン・ピラミッド計画」に、日本のりゅう宇宙物理学者が参加しています。

大ピラミッドもう一つの謎 未知の空間があるのか

空からのミュー粒子で「透視」

 大ピラミッドの未知の空間を探るスキャン・ピラミッド計画には三つのアプローチがあります。一つは河江さんと同様の手法で、ドローンも使って形を調べること。二つ目は、赤外線で温度の変化を調べること。昼間の温まり方や夜の冷え方が他の場所と異なるところがあれば、奥の構造も違うかもしれません。
 三つ目が、空から降ってくる素粒子「ミュー粒子(ミューオン)」をピラミッドの中でとらえて、ピラミッドの密度を調べることです。名古屋大学特任助教のもりしまくにひろさんが中心となっています。
 ミュー粒子は、宇宙から飛んできた宇宙線が地球の大気にぶつかって発生し、1センチ四方に1分間に1個ほど、いつも降ってきています。鉄板や岩盤も通り抜けますが、固い物質を通り抜けないミュー粒子もあるので、数を調べることで、通ってきた方向にある物質の密度や、空間の有無などがわかります。
 森島さんはミュー粒子を確実にとらえる方法を研究してきました。ミュー粒子に反応する乳剤をぬったプラスチックの板をピラミッド内部に置いておきます。現像すると、ミュー粒子が通った跡を3次元的に観察できます。
 今年6~8月の67日間、大ピラミッドの入り口近くの通路に検出器を設置し、約870万本のミュー粒子の跡を分析できました。その結果、ある方向から、想定よりも多く、ミュー粒子が通ってきていることがわかりました。
 外側が少し壊され、変わった「切り妻構造」が見えている部分の奥にあたり、空間があるのかもしれません。実は、温度を調べているチームも、その部分に空間がある可能性を見いだしていました。森島さんは更にデータを集め、答えを出そうとしています。
 ミュー粒子による「透視」はこれまで火山の内部や、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉の調査に利用されてきました。森島さんがスキャン・ピラミッドに参加したのは、検出の技術を上げていくためにちょうどいい大きさだったという面もありますが、「考古学も好きなんです」とうれしそうに話します。「宇宙も何億年も前の銀河の光を見て、ある意味、過去を研究している。いろいろ想像できるという面でも、似ていますよね」


(上)大ピラミッドの内部にミュー粒子検出器を設置=名古屋大学提供(下)ミュー粒子の跡を顕微鏡で計測する森島邦博さん=11月28日、名古屋市の名古屋大学


イラスト・ふじわらのりこ

関連記事

最新の記事

    記事の一部は朝日新聞社の提供です。

    • 朝学ギフト

    トップへ戻る