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●コソボが独立宣言●

星井麻紀記者(朝日新聞外交・国際グループ)
 

 ケン 世界で一番新しい国はどーこだ? 

 ポン えー、わかんないよ。

 ケン 正解は「コソボ共和国」でした!  

 ジャン ちょっと待って。本当にそうなの? まだ認められていないって聞いたけど……。

 星井記者 よく知ってるね。コソボの独立宣言には、複雑で長い歴史があるんだよ。 

 ケン どんな歴史なの? 教えて。

 
民族・宗教の違いでセルビアから分離
 
一度目の宣言後、対立が激化
昔から紛争続きの旧ユーゴ
※コソボ自治州が2月17日に国として独立しました

 ――確かにコソボは、2月17日に独立を宣言した世界で一番新しい国。ギリシャの北にあって、セルビアという国の一部だったの。広さは岐阜県ぐらい。人口は約200万人よ。

 ポン なんで独立したの? 

 ――コソボに暮らす人々の民族や宗教のちがいが原因だったの。セルビア全体では、キリスト教の一つのセルビア正教を信じるセルビア人が八割を占めていた。でもコソボでは、9割がイスラム教徒のアルバニア人。昔から根深い対立があったわ。多数を占めるアルバニア人は、自治(自分たちで政治をとり行うこと)を求めて1990年7月に一度、独立を宣言したの。

 ケン その後は?

 ――宣言をきっかけに、対立はどんどん激しくなった。コソボにはセルビア正教の聖地(宗教上の神聖な場所)があるし、独立で国がバラバラになったら困るセルビアは独立には絶対反対。
 アルバニア系住民を虐殺するまでになったので、九九年、北大西洋条約機構(NATO)軍がセルビアを空爆しておさえこむという最悪の事態を招いてしまったの。たくさんの人が殺されたり難民になったりしたわ。

 ジャン 民族のちがいがそんな争いを招くなんて……。 

 ――もともと、この地域はさまざまな民族や宗教の人々が複雑に入り組んで暮らしていて、「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるほど不安定な場所だったの。90年代の初めまではユーゴスラビアという一つの国にまとめられていたけれど、紛争が次々に起きて六つの国に分かれたわ。その一つがセルビアというわけ。

 
米国などに続き日本も承認へ
ロシア・中国・スペインは反対
独立を支持するアメリカの国旗をふって、独立を待ちわびるコソボ市民=2008年2月16日、コソボのプリシュティナで

 ポン 今は、戦争してないんだよね。

 ――戦争は終わったけれど、コソボが独立を宣言した日は、セルビアの首都ベオグラードは大変なさわぎだった。若者が町にくり出して、コソボ独立に賛成するアメリカ(米国)大使館に石を投げ、国連の関連施設を爆破したの。独立に抗議するためよ。

 ケン アメリカのほかに独立に賛成しているのは? 

 ――ドイツやフランス、イギリスなどヨーロッパ連合(EU)の主な国が認めたわ。日本もこれに続く見こみよ。早く承認することで、国際社会に独立を認める流れをつくろうというわけ。
 一方で、反対している国もあるの。セルビアはもちろん、ロシアやスペイン、中国がそう。自分の国でも同じような民族の独立運動があって、「おたがいの同意なく、一方的な独立がまかり通るのはおかしい」と説明しているわ。

 ジャン それだと、まだ国とはいえないんじゃないの?

 ――「国」は、領土、国民そしてそこを治める組織があればいいの。だから、コソボはすでに国として成り立っている。でも、ほかの国々がコソボを国と認めるかは別問題。その判断は、それぞれの国に任されていて、国連に加盟すればいいということではないのよ。

 ケン ぼくなら認めるな。 

 ポン でも、反対する国と戦争になったら、いやだなあ。

 ――とても難しい問題ね。コソボもまだ、国としてはよちよち歩きの赤ちゃん。警察の仕事などは国連に助けてもらいながらのスタートなの。どうすればみんなが豊かに、平和に暮らせるか。民族による差別や迫害をなくせるか。今回の独立宣言をきっかけに、考えを深めることも大切と思うな。

 
【きょうのポイント】
 ▽コソボが2008年2月17日、セルビアからの独立を宣言した。民族・宗教のちがいが独立の理由。
 ▽この地域は民族や宗教が複雑に入り組み「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれていた。セルビア自体も、1990年代初めにユーゴスラビアという国が6つに分かれてできた国の1つ。
 ▽アメリカやヨーロッパ連合の主要国はコソボ独立を承認。日本もこれに続くとみられる。セルビアをはじめ、国内に同じような問題をかかえるロシアや中国などは認めない考え 。
 

(2008年3月8日)

 

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