「軍事」以外に虐殺止める手段探せ
中東のシリアで、子どもや女性をふくむ市民が多数殺される事件が相次いでいます。多くの国がシリアを非難しますが、他の国が武力で残虐行為をやめさせることは可能なのでしょうか。
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政府情報機関のビルの前で起きた爆弾テロの影響で、近くにあった車は黒こげになった=5月10日、シリア・ダマスカス ©朝日新聞社 |
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打ち合わせをする国連の停戦監視団 =5月31日、シリアの首都ダマスカ ス近郊のドゥマ ©朝日新聞社 |
Q シリアの戦闘は、今もひどいの?
A ますます悪くなっているようだ。最近もある村が攻撃され、住民が50〜80人殺されたらしい。正確な情報がないけど、国連の停戦監視団があとで村に入ったら家の中に銃の弾の跡や血がついていた。別の街で一晩に108人も殺され、半分近くが子どもだった。子どもの遺体が並ぶ映像が世界にショックを与えた。
Q 政府が関係したの?
A 「政府支持派がやった」と反政府派はいうけど、政府は否定している。
Q 他の国はどうしているの?
A 多くの国が話し合いを促したり、アサド大統領の退陣を求めたりしてきたが、シリア政府は応じていない。フランスの大統領は、国連で重要な決定権を持つ安全保障理事会が決議すれば軍事介入は排除しない、と発言した。
Q 国民への虐待をやめさせるためには、他の国が武力を使ってもいいの?
A 今回のシリアのようなことが起きた時に他の国がどうすべきか、長い間議論されてきた。
1990年代にはアフリカや、東欧のユーゴスラビアが分裂してできた独立国で、特定の民族が集団で虐殺される事件が続いた。その時は現地に国連の平和維持活動(PKO)の部隊がいたのに、中立が重視され、大勢の人が殺されるのを防げなかった。
その反省から生まれたのが、「保護する責任」という考え方だ。国民を守る責任があるのは国家だけど、国家が国民を守れないなら、国際社会はその国家に代わって保護する責任を持つという考えだよ。
2005年の国連総会で採択された。「人道介入」とも言うけど他の国が好き勝手に介入するのじゃなく、逆に普通の人々を守るのは国際社会の責任なんだ、と強調したんだ。「保護する責任」を果たす最後の手段が軍事介入だと考えられている。
Q 「国際社会」って?
A 国々の集まりのことだ。明確な定義がないから勝手に「これが国際社会の考えだ」と言って多数派の意見を押し通そうとする政治家もいるけど、今最も正当性が高い国際社会の意思は、193カ国が加盟する国連での合意だよ。
Q じゃあ、なぜシリアには軍事介入しないの?
A 虐殺が止まっても、別の混乱が生じる恐れがある。昨年多国籍軍が軍事介入したリビアでは、当時の指導者のカダフィ大佐が裁判もなしに殺されてしまった。
政権が倒れて国民の間で新しい紛争が起きることも多いから、慎重な国が多い。それに大国のロシアと中国がシリアへの制裁にさえ反対しているから、国連で合意するのは困難だ。
Q ロシア、中国はなぜ反対するの。
A ロシアはシリアのアサド政権と近いし、中国は人権を理由にした内政干渉を嫌う。これまでの軍事介入では、いずれも結果的にその国の政権が倒れた。「政権の運命を決めるのはその国の国民だ」というのがロシアの主張だ。
Q でも、このままだとシリア国民はどうなるの?
A 有効な手段がとれないと、罪のない人たちが殺される事態が続く。軍事介入に問題があるなら、一刻も早くその代わりに虐殺を止める手だてを見つけることが、ロシア、中国も含めた国際社会の責任だよ。
国連平和維持活動(PKO) 紛争の拡大防止や停戦監視、選挙監視などのために国連が行う活動。国連の加盟国が提供した要員で編成される。自衛以外に武力を使わない、紛争当事者の一方に肩入れしないなどの原則をもつ。
内政干渉 国の政治や外交などに他国が口を出すこと。
リビアへの軍事介入 2011年2月に始まった反政府デモが拡大、国連安保理は市民保護の目的でカダフィ政権に対する軍事介入を認めた。米仏など北大西洋条約機構(NATO)加盟国が攻撃に参加。政権が崩壊、10月にカダフィ大佐が死亡。11月に暫定政府が発足した。
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朝日新聞報道局 喜田尚
1961年生まれ。85年から朝日新聞記者。 東京社会部、大阪社会部を経てモスクワ 支局員やローマ支局長に。4月から機動 特派員として、東京を拠点に世界各地で 取材する。
2012年6月17日 |