試される日本 世界とどう向き合う
イスラム過激派組織「イスラム国」が日本人2人を人質にした事件。フリージャーナリストの後藤健二さん(47)の安否は日本時間1月30日午前11時現在、わかっていません。事件は、「テロ集団の暴力にどう立ち向かうか」という難問を日本に突きつけました。「人命優先」は言うまでもありません。しかし、そのためにどう行動していけばよいのか。試されるのは日本の政府と国民の「世界と向き合う力」です。
身代金払えば「資金援助」
Q 犯人たちは「人質1人を殺した」と言っていたね。
A 2回目にウェブに流れた映像だね。犯人はそれまで1人1億ドル(約118億円)の身代金を要求していたが、残る人質と、西アジアのヨルダンという国の刑務所にいる仲間のテロ犯との交換に切りかえた。
Q 「人命第一」なら身代金を払えばよかったのに。
A 「イスラム国」の巨額の資金のうち、誘拐による収入が約2割も占めているんだ。
日本もかつてはいくつかのテロ事件で身代金を支払い、日本人を解放させたこともある。ただ、支払ったお金は武器を買ったり新たなテロを行ったりする資金になる。仲間を釈放すれば新たなテロに加わる恐れがある。だからアメリカやイギリスはこうした要求には応じない。
日本政府も今回は身代金に関しては米英型の対応だったようだ。テロ犯らの釈放、人質との交換という問題は、最後はヨルダン政府の判断。ヨルダン人の人質の解放が先だという国内の声が強く、苦慮したようだ。
Q 「イスラム国」を攻撃して救い出すことはできない?
A これは難しい。「イスラム国」は約3万人の戦闘員で、イラク北部とシリア東部の約9万平方キロを支配している。北海道より広く、捜し出すのは困難だ。米英などが「イスラム国」を空爆し始めた昨年夏から米英などの6人の人質が殺され、いまも米英人も各1人が人質になっている。
Q 日本人2人はなぜ、そんな危ない所に行ったんだろう?
A 1人はジャーナリストだ。危険であっても必要なら取材に行き、それを人々に伝える。それが仕事だ。ただ、注目してほしいのは、彼が新聞社や放送局に属さない「フリー」と呼ばれるジャーナリストであること。
「イスラム国」のような危険な場所に新聞社や放送局は記者やカメラマンを送りこまない。こうした仕事はフリーの人に任せがちだ。このためフリーの人は「危険な取材こそ自分たちの仕事」と思ってしまうかもしれない。今回、そんな無理がなかったなら良いのだが……。
米ソとの関係などが起因
Q イスラム教徒は平和な人々と学校で習った。なぜ、こんなグループが出てきたの?
A 年代順に三つの出来事で考えてみよう。まず、「アフガニスタン紛争」。1979年に当時のソ連(いまのロシアを中心とする社会主義の連邦国)がアフガニスタンに侵攻し、それに反発して各国から過激なイスラム教徒が集まった。ソ連を弱めたい米国も武器と資金を与え訓練した。
第二に「イラク戦争」。ソ連がなくなったあとイスラム過激派は世界で最も影響力をもつ米国を敵とみて、米国で約3千人が犠牲になった同時多発テロを2001年に起こした。これを契機に米英などはイラクを攻撃。イラクは泥沼の状態になり、民間人だけでも死者は数十万人とみられる。米国への憎しみが一段と募り、「イスラム国」のもとになる組織もこのときできた。
三つめが10年以降の「アラブの春」。リビア、エジプト、シリアなどアラブのイスラム国で起きた反政府の運動で過激派への取りしまりが弱まり、大量の武器が流出した。
こうした歴史が、過激な思想と武器を備えた「イスラム国」につながっているんだ。
Q 日本は関係ないと思っていたけど……。
A 今回の事件が無関係ではいられないことを示している。テロやイスラムとどう向き合うのか。平和のために何ができるか。私たちの「世界とかかわる力」が試されていると思う。
元朝日新聞編集委員 大妻女子大教授 五十嵐浩司
1952年生まれ。朝日新聞大阪社会部、 外報部を経てナイロビ支局長、ワシン トン特派員、ニューヨーク支局長を歴 任。大学や大学院でジャーナリズム論 や国際政治を教える。
2015年2月1日 |