朝日小学生新聞
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だれかの命を救う心肺蘇生法 「救急の日」前に学ぶ?


 9月9日は「救急の日」。救命に関わるしごとや救命医療についての理解を広めようと総務省が定めています。この日を前に、朝日小学生新聞は2019年8月25日に「集まれ!こども編集部」を開催。こども記者10人とその保護者が、まわりで人が急にたおれた場合の対処法について学びました。小学生のみなさんも、万が一のときに、だれかの命を助ける力になれます。

◆心停止で娘失った桐田さんのお話
  最初にお話ししてくれたのは、埼玉県さいたま市に住む桐田寿子(きりた・ひさこ)さん(48歳)です。桐田さんの長女・明日香(あすか)さんは小学6年生だった2011年9月、学校で駅伝の練習で1千メートルを走り終えた直後にたおれました。担架で保健室に運ばれましたが、救急車が着くまで救命救急のための医療機器である自動体外式除細動器(AED)が使われることはなく、明日香さんは翌日に亡くなりました。

          

AEDの普及に取り組む桐田寿子さん

Q(質問)桐田さんから見て、明日香さんはどんな子でしたか?
A(桐田さんの答え)元気で、努力家で、明るくて、優しくて、甘えん坊なところもある子。ほんわかしすぎていているところもあって、ちょっと心配になるくらいでした。

明日香さんは、もともと病気だったのですか?
学校で1年生と4年生のときに受けた心臓の検診でも異常はなく、持病もありませんでした。健康そのものでした。

事故当日の明日香さんの様子は、どんな風でしたか?
当日の朝、明日香は「駅伝の練習がんばるね。ママ大好き」と投げキスをして家を出て行きました。それが、元気な明日香を見た最後でした。 学校ではこの日、苦手だからがんばると言っていた漢字のテストで100点をとりました。お昼には、テラスで楽しく給食を食べていたそうです。いつもと何一つ変わらない様子。明日香自身もきっと、この数時間後には心臓が止まってしまうなんて考えてなかったはずです。

 明日香さんがたおれてから救急隊が到着するまでのことについては、明日香さんのお葬式の翌日に、学校で校長先生と教頭先生からお話を聞いたそうです。

先生たちをうらむ気持ちはなかったのですか?
「どうして救命のための行動が一つもしてもらえなかったのだろう」ということは考えました。ただ、先生たちをうらんだり、おこったりしても、明日香は帰ってきません。明日香は学校が、先生が大好きでした。その先生たちと敵対することは、明日香も望んでいなかったはず。みんなを守れる学校にしていきたい、と思うようになりました。

大切な明日香さんを失い、つらかったと思いますが、行動を起こす原動力となったのは、何でしたか?
だれかの命が突然失われてしまうと、その人を大切に思う人もつらくなってしまいます。だから、たおれた人の命を救うことができれば、その人を大切に思う人のことも救うことになります。だれにも、私と同じような思いをさせたくないなと思います。みんなの命を守ることのできる学校にしていくために、いつも心の中で「明日香はどう思う?」と相談しています。

  桐田さんは専門家らといっしょに「体育活動時等における事故対応テキスト(ASUKAモデル)」というマニュアルを作りました。意識や呼吸の有無を判断できない場合は、すぐに心臓マッサージをして、AEDを使うことをうながす内容です。桐田さんは今、このASUKAモデルを広めようと、全国各地で講演しています。

ASUKAモデルとは、どんなものですか?
みんなの命を守りたいと願う人たちの思いがつまっています。「こうしたらもっとよくなるんじゃないか」というアイデアを盛りこんでもらいながら活用していくものなので、これからも成長していきます。 ASUKAモデルができたのは、明日香が亡くなってからちょうど1年後の2012年9月30日。おかげで今は、この日はASUKAモデルの「誕生日」としてむかえることができます。9月30日は明日香の「命日」でもあり、「命の日」でもあるのです。

AEDは今、あちこちに設置されています。桐田さんはそうした現状を、どう感じていますか?
AEDは現在、およそ60万台が設置されています。でも、消防庁の統計で、一般の人の前で人がたおれたとき、AEDが使われた割合は4.9%(※総務省消防庁「平成30 年版 救急・救助の現況」より)。100人がたおれたら、5人ほどしか使われていない計算です。AEDは、かざるものではなく、使うものということを考えてほしいです。

目の前で人がたおれたら、何をしたらいいのか躊躇(ちゅうちょ)してしまう人もいるかもしれません。
明日香が私にとって大切な人だったように、その人はだれかにとって、まぎれもなく大切な人。大丈夫ですか?と声をかけるのでもいいし、大人に助けを求めることも大切です。完璧でなくてもいんです。今、自分にできることを行動にしてつなげてほしいと思います。

明日香さんの死を、今はどのようにとらえていますか?
ASUKAモデルのことで活動をはじめてから、(心停止でたおれたけれどもAEDが使われ)「明日香ちゃんのおかげで助かりました」という人に出会う機会もありました。「明日香はこうして命をつないでいるんだな」と思うと、うれしくてなみだが止まらなくなりました。 死には、二つの種類があると思います。一つは、心臓や呼吸が止まって、お医者さんが判断する「死」。もう一つは、その人のことを思い出す人がいなくなったとき。「ASUKAモデルのおかげで、後遺症もなく元気に暮らしています」と話してくれる人の笑顔の中に、明日香は今でも生きていると感じています。


イラスト・あきもとまさと

≪桐田さんの思いをこめたメッセージビデオ≫


◆「もしも」に備え 技術学ぶ
 実習で講師を務めたのは、筑波記念病院(茨城県つくば市)の救命救急医・立川法正(たちかわ・のりまさ)さん(51歳)です。立川さんはかつて、ヘリコプターで患者を運んで治療するドクターヘリに乗って仕事をしていたこともあるそうです。

         

AEDについて解説する、救命救急医の立川法正さん

 心臓が止まってから、1分がたつごとに救命率は10%ずつ下がっていくと考えられています。「AEDは、5分以内に使うのが目標です」と立川さん。しかし、通報を受けて、ドクターヘリが離陸するまでには、3~4分かかるといいます。「つまり、たおれた人のまわりにいる人が何とかするしかないんです」と説明してくれました。

  「心停止」とは、心臓が完全に止まった状態だけでなく、心臓がぶるぶるとけいれんした状態の場合もあります。心臓がけいれんすると、心臓はうまく血液を全身に送り出すことができなくなってしまい、命が危険な状態になってしまいます。

 たおれている人を見つけたら、「大丈夫ですか?」と声をかけ、反応がなかったら119番通報します。まわりの人にも協力を求めることが大切です。「『もしかして、心臓が止まっているのかな?』と思えることが大事」と立川さんは話します。

 ただ、地域や学校で、「知らない人に話しかけてはいけません」と言われている人もいるかもしれません。小学生なら、知らない人に声をかけるのはこわいと思うのも当然です。でも、目の前にたおれている人がいて、その人はもしかしたら心停止になっているのかもしれません。「そんなときはどうする?」という立川さんの質問に対して、会場からは「大人の人を呼ぶとかならできると思う」という意見が。立川さんは「今日の講習が必要ないくらい、完璧な答えですね」とほめてくれました。
         

 心臓マッサージの実習は、心臓に見立てたクッションを使いました。ポイントは、強く、速く、絶え間なく行うこと。試しに1分間ほど続けてみると、終了の合図とともにこども記者たちからはいっせいに「はあ~。つかれた」の声がもれました。「ずっと続けていくのは、大人でもつかれます」と立川先生。

 救急車が到着するまでは、平均で8分ほどかかります(17年)。1人では心臓マッサージを続けるのは大変なので、他の人と交代しながら行いますが、交代する瞬間も、互いに合図を出し合って途切れないようにする必要があります。

 AEDは、電源を入れれば音声で指示を出してくれます。たおれている人の体にパットをつけたら、電気ショックが必要かどうかは、AEDが判断してくれます。機械が勝手に必要のない人に電気ショックを行うことはないので、救急隊が到着するまでパットはつけたままで、心臓マッサージを続けましょう。

 立川さんがたびたびうったえたのは、「完璧じゃなくてもよいので、勇気をもって声をかけて、できることをしてほしい」ということ。「自分だったら何かできるか、考えてみてください」


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