昨日の朝とは川の音がちがう。水がふえた。山の雪もとけだしたのだ。春になる。
春、ミアの住むこの村では、10歳の子の中に村を出て行く子がいる。望めば誰もが出て行けるわけではない。東の洞穴の竜に呼ばれたものだけが村を出る。
ミアの村は罪人の村だ。牢獄がわりの切り立った崖にかこまれた深い深い谷にある。
飛ぶものでなければ、村を出ることはできない。でも、村の集落のまわりには山もあり川もあり、花が咲きほころぶ平野もある。ミアは、閉じこめられていると感じたことはなかった。
ミアの先祖は、今の王族に敗れた先代の王の残党だ。
人を傷つけたり、物を盗んだりした他の罪人とはちがう。竜や魔女まで巻き込んだ何百年も前の戦いに敗れさえしなければ、この世を支配していたのは自分たちだったという自負がある。この村の長をつとめるミアの祖父などは、その自負をよすがに生きてきたのだろう。
このような罪人の村は他にもあるという。それぞれの村に牢番がわりにいる翼のある竜が、都や町から罪人を村へ運んでくる。村では、その罪人の罪をとわないし、前のところでの名前も呼ばない。左ききの人と呼んだり、杉の木の下に住む人と呼んだりする。名前をもつのは、次の代の子どもたちからだ。
ミアの村では、ミアの先祖たちが戦に敗れたのは、魔女に裏切られたからだと言い伝えられている。
そのせいか、罪人としてつれてこられる魔女はいない。祖父もその前の村の長たちも、魔女がこの村で暮らすのを嫌うせいだ。だから、切り立った崖をこえられる翼のある竜だけが、ミアの村と外の世界をつなぐただ一つのものだ。
それでも村を出て行くものにはともかく、一生この村で生きていくものには、竜は山にいる狼や鹿とそう変わりはない。
でも、春だけは竜の存在感がます。
10歳の子どもたちは、
「私は、竜に呼ばれるだろうか」
と、そうなればもうこの村にもどることはないのだとわかっていても、胸をおどらせる。
10歳の子をもつ親はもちろん、村人全員が、今年は誰が竜に呼ばれるのだろうとうわさしあう。
1人も呼ばれない年もあれば、2、3人呼ばれる年もある。竜に呼ばれるのは名誉なことなのだ。
10歳になったミアは、自分は竜に呼ばれはしないと思っていた。
4年前に竜に呼ばれて村を出て行った従兄のパトのように、一度聞いたことは忘れないといったように頭がいいわけでも、今年呼ばれるだろうとうわさされる子たちのように、動物と心を通わせる能力があるわけでも、誰もが目をみはるほどの器量よしでもない。
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