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STAP細胞問題、存在否定で決着

 

 

研究成果を早く求める風潮

 

 STAP細胞論文をめぐる問題で、理化学研究所は昨年12月末、STAP細胞とされた細胞は、別の万能細胞から作られた可能性が非常に高い、とする報告書を発表しました。不服の申し立てはなく、調査結果は確定。問題の背景として、成果を急ぐ日本の科学研究のあり方が指摘されています。

 

 

調査結果について報告する理化学研究所の検証実験チームのメンバーら=昨年12月19日、東京都港区、今井尚撮影

 

 

ES細胞混入 経緯不明

 

 STAP細胞問題は、昨年の重大ニュースとなったね。
 昨年1月に、さまざまな細胞に変化できる新しい万能細胞である「STAP細胞」の作製に成功したという論文が、イギリスの有力な科学誌であるネイチャーに掲載された。細胞を弱酸性の液につけるなど、外部から刺激するだけで作製できるとしていた。生命科学の常識を覆す現象で、別の万能細胞であるiPS細胞(人工多能性幹細胞)やES細胞(胚性幹細胞)よりも簡単に作れ、医療への応用でも期待が高まった。
しかし、インターネットなどで論文の疑惑が指摘され、次々に問題が明らかに。論文は撤回され、小保方晴子氏の早稲田大の博士号論文でも、文章の盗用などの不正行為が認められた。


 結局、STAP細胞は存在しなかったの?
 昨年11月末までの期限で検証実験を続けてきた小保方氏も、理研の別の検証チームによる実験でも、STAP細胞はできなかった。検証チームは3月末までを期限としていたが、繰り上げて作業を打ち切った。
昨年4月の記者会見で「200回以上、作製に成功した」と話していた小保方氏は、「結果に困惑している」とのコメントを発表した。


 STAP細胞と論文で発表された細胞の正体は?
 理研の調査委員会の委員長は「STAP細胞はES細胞だとほぼ断定している」と言っている。作製時にES細胞が混入したと認め、「これだけ多くのES細胞の混入があると、誰かが故意に混入した疑いがぬぐえないが、実行した人物や故意かの断定はできない」と結論づけた。
ES細胞は作製方法が確立した万能細胞で、研究現場では広く使われている。小保方氏や他の関係者は全員、混入させたことを否定しているという。

 

外部チェック働かなかった

 

 なぜ、この論文が審査を通って発表されたの?
 理研の調査では、本当に行われたか証拠がない実験も複数存在するなど、新たな問題も見つかった。調査委員長は「これだけおかしいことがあり、優れた研究者の目を通っているはずなのに表に出てしまった。非常に不思議な論文だ」と記者会見で語った。
理研の改革委員会は昨年6月、研究の秘密保持を優先して外部のチェックが働かなかったこと、研究不正防止への認識不足などの問題点を指摘している。


 どうしてこんな問題が起きたのだろう?
 研究の成果を早く求める風潮が背景にあるとの指摘がある。資源が少ない日本で、今のような社会を支えるためには、科学技術力が欠かせない。しかし、国の財政事情が厳しくなり、科学研究にお金をかける分野の「選択と集中」が求められている。
その結果、産業や医療などに役立つ分野に、重点的に研究費が投入されるようになった。万能細胞研究のような再生医療の分野は研究費も多く、成果への期待も高い。


 最初は、華々しく成果を記者会見していたのにね。
 近年は、研究機関や研究者がしっかりと実績を上げているかの評価も厳しくなり、研究機関も学者も早く成果を求められるようになった。新聞やテレビが大きく報道すれば、成果を上げていると社会に広く知らせることができる。
発表当時、理研を特定国立研究開発法人に指定する法案の国会提出が計画されていた。指定されれば、海外の研究機関に負けぬよう優秀な研究者を集めるために給与を上げられる。
常識では考えられない成果だったが、権威ある科学誌に掲載された日本を代表する研究機関の研究で、最初の発表に飛びついてしまったメディアにとっても大きな教訓となった。


朝日新聞編集委員 黒沢大陸

1963年生まれ。91年から朝日新聞記者。科学医療部デスク兼編集委員。社会部や科学部で、防災や科学技術行政、環境、鉄道などを担当。著書に『「地震予知」の幻想』(新潮社)。

 

2015年1月11

 

 

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