原発事故の被害巡り大きな議論
高橋万見子記者 朝日新聞論説委員
ケン 「美味しんぼ」ってまんが知ってる? なんかパパとママでまんがの表現をめぐって言い合いになっていたんだ。
高橋記者 週刊誌で不定期に連載しているまんがだね。新聞社の文化記者を主人公に、食べ物をテーマにしたお話がえがかれている。もう30年以上も続く人気まんがの一つだよ。
ジャン 今回のシリーズは、原子力発電所(原発)の事故でもれた放射線が福島の人たちや農作物に大きな被害を与えてるって話だよね。くわしく教えて。
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抗議を受けた小学館発行の「美味しんぼ」。4月28日発売号で原発取材後の主人公が原因不明の鼻血を出し(右)、5月12日発売号では井戸川克隆・前双葉町長の「今の福島に住んではいけない」との発言がえがかれています(左)©朝日新聞社 |
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編集部の考えなどを掲載した19日発売号は売り切れになる店がありました=福島県いわき市©朝日新聞社
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――福島を訪れた後に主人公らが鼻血を出したのは被曝のせい、と思わせる場面や、「除染しても福島に人が住めるとは思えない」といった表現が使われた。
被災地の前町長など実在の人物が登場して証言した形になっていることもあって、「うそだ」「本当だ」と大きな議論になったんだよ。
ケン 放射線は危険だって、本で読んだよ。
――一度に大量の放射線をあびると体の細胞が破壊されてしまうんだ。血液をつくる骨髄というところもやられてしまう。血を止める役割の血小板も減ってしまうので、鼻や歯ぐきから出血したりするんだ。
ただ、放射線が人体に与える影響を考えるときには、放射線の「量」がとても重要になる。出血症状は、相当量をあびたときだから、鼻血どころじゃすまない。
福島では各地で空中の線量を検査し続けているけど、そんな症状が心配されるような量は計測されていない。
被災地で鼻血が増えた、という事例もあるけれど、鼻血の原因はいろいろ考えられ、福島での線量を考慮すれば「被曝のせい」と言い切るのはちょっと乱暴だね。
ジャン でも、不安に思う気持ちはわかるな。
――そのとおり。いろんな人の受け止め方を「理解する」ことが、とても大事なんだ。鼻血はちがうとしても、低線量被曝が長期的に体に影響をおよぼすのかどうかは、わかっていない部分も多い。直接関連しなくても、放射線に対する心配が強いストレスになれば、体にも悪いよね。
今回の件で、政治家もまんがを批判したけど、原発事故がおよぼす健康被害についての心配は今に始まったわけじゃない。この3年ずっとある。
一つの作品に過剰に反応して、そぼくな不安を口にしにくいような雰囲気をつくってしまうことがいいとは思えない。政治家が取り組むべきなのは、そうした不安を受け止めて、解消したり軽減したりする策を根気よく続けていくことだ。
ポン どんなこと?
――まず、被災地の人たちの健康を継続して検査して記録し、情報を共有する仕組みをつくること。「まだわかっていないことがある」といったけど、この3年、被災地でのお医者さんたちの取り組みから、わかってきていることもあるんだ。
「ホールボディーカウンター」って、体の中の被曝量をはかる装置がある。事故後に台数は増えたけど、受診率は必ずしも高くないし、計測値をきちんと集計して今後の医学や政策に反映させる体制も整っていない。福島県にまかせきりにせず、国が取り組むべきだ。
ケン ほかには?
――放射線防護の正しい知識をもったお医者さんを増やす研修や、子どもたちやお父さんお母さんたちが相談したり学べたりする機会も増やす必要がある。
きみたちも、ちゃんと勉強しようね。無理解が差別を生むようなことにしては絶対にいけない。
【「美味しんぼ」をめぐる動き】
「美味しんぼ」は「食」をテーマにしたまんがで、小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載されています。
5月19日発売号まで連載された「福島の真実」編については、福島県や双葉町が小学館に抗議したほか、安倍晋三首相も「根拠のない風評に対し、国として全力を挙げて対応する」と発言。これに対し、「表現の自由の侵害にあたる」という声もあがっています。
編集部は、19日発売号に編集部としての考えを掲載。「表現のあり方について今一度見直していく」としました。「美味しんぼ」は次号からしばらく休載しますが、以前から決まっていたといいます。 |
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